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乱 (4K修復版) [監督:黒澤明]

2017-04-01 22:52:38 | 映評 2013~

実を言えば黒澤映画で一番好きなのは「乱」である。
そして、「黒澤映画とやらを観てみるか〜」っと意識して観た初めての黒澤映画も「乱」である。中学のころ、テレビで。

じつはそれより前の小学校のころに、誰のなんて映画かも知らないで観ていたモノクロの誘拐事件を描いた映画が実は「天国と地獄」だったことを大学生の頃映画館で知ることになるのだが、それは別の話。

しかし思えば自分の意識的黒澤初体験が「乱」だったというのは、今思えば危なかった。
だってもし誰かに黒澤明の映画を観たことないのですが、興味がありまして、何かオススメはありますか?と聞かれたとして、「乱」はすすめない。

やっぱまずは「用心棒」でしょ
現代劇がいいなら「天国と地獄」
で、黒澤映画なら大抵のことが許せるようになったら、昔の音質の悪い「七人の侍」とかをすすめます。
カラー時代の黒澤映画は悲しいのも多いし、静かだし、わかりにくいし、一発目で見てクロサワに苦手意識を持たれる危険が高い

初めて観たのが「乱」で、それで黒澤好きになった自分は、たぶん珍しいと思う。
そういえば一緒に観ていた母は「外国人向けに作った映画で全然面白くない」と言っていた。
そんなことはないでしょうと思ったのだが、後で聞けば母の一番好きな黒澤映画は「どん底」だと言う。(あれだってずいぶん外人向け映画だけどな〜、大好きだけど)

でも「乱」が外人向けというのはあながち間違いではない。
「乱」は登場人物の名前も顔も覚える必要がない作劇になっているから、東洋人の顔が全部同じに見える外国人でも問題なく楽しめる

大殿、長男、次男、三男
長男の嫁(悪女)、次男の腹心(奸物)、三男の家臣(実直)、次男の嫁、その弟、道化
役名も役者名も分からなくても初見で物語は整理できる。
実際この映画で黒澤は全くクローズアップを使わない
顔という個性を役者から剥ぎ取り、社会的な役割のみを与えている。
(もっとも大スクリーン前提の黒澤明の考えとしては、あれでも十分に寄っていたつもりだったのかもしれない)

次男の嫁の宮崎美子演じる「すえの方」などテレビで見ると顔は全然分からないくらいにロングショットでしか映されない(今回大スクリーンで観て初めて「本当に宮崎美子だったんだ」と思った)
でも、描かれ方、彼女の台詞、秀虎の彼女にかける言葉、楓の方の「あのお美しい方」などなどから顔は分からなくても「美人」であると皆にインプットさせる。
すえの方の弟、野村武司(いまでは野村萬斎あるいはシンゴジラとして有名な方)にいたっては大スクリーンで観てもなお顔は分からず。

羅生門も七人も用心棒も顔の映画だった。
乱は顔のない人々が物語を紡いでいる。
これはもちろん特定の誰かの物語にしたくなかったからだろう。
人間たちの愚かさを訴え、洋の東西を問わず、時代を問わずに、いつでもどこでも誰でもそこに自分や、自分の知る人や、時の政治家などを当てはめて考えられるように作っているのだ。
私はそう思う。
思い返す度に三船敏朗の顔を思い出させる映画にしたくなかったのだ。
漠然とした「人間たち」を思い出させる映画にしたかったのだ。

その昔のソビエトの社会主義的リアリズムの人間不在とはまったく違う。
特定の人間はいないが、あらゆる人間がいる映画。これが当時75歳の黒澤明がたどり着いた映画の境地か。
(「影武者」も顔の映画ではなかったが、あれは武田信玄など明確な個人の映画だった。私の「乱」は好きだが「影武者」はそんなんでもない理由はきっとここだ)

もう一つ黒澤が「乱」でアップを使わなかった理由。
これは絵画だから
話を紡ぐモンタージュの映画ではない。
いい絵を描こうとした時に、背景と人物が必要だったからだろう。
全てのカットは望遠カメラで撮られ、奥行きはあるのに遠近感が消滅したカット
そこを右往左往する人々
モノトーンな風景に点々と散る色彩のようなワダエミの極彩色の衣装の数々
巨大スクリーンで見ると、さながら次々と絵の変わる壁画を見ているようだった。
美しいと表現するにはあまりに悲しく苦しい地獄の世の画

この悲しみと苦しみを奪い合う人間の愚かさを堪能するにはスクリーンで観なくてはいけない
だから皆様ぜひぜひ、この黒澤の歴史的傑作をスクリーンで
黒澤初めての人も、この際これをスクリーンで観れるうちに観ておくべきだから、主義を若干変えて、今は「乱」をお勧めします。

役者から個性を剥ぎ取ったなどと書いたけど
原田美枝子の「イヤじゃイヤじゃ」
井川比佐志の「はて、キツネめ、今度は石に化けおった」
ピーターの台詞は全部が名言
去年亡くなった根津甚八さんの精悍さと愚かさの同居感
出演者全員素晴らしい、ミフネミフネだったころの黒澤映画にはないアンサンブル演技を楽しめる作品でもあります。

(2017年4月1日 恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞。)

--追記--
仲代達矢さんと野上照代さんのトークショー付きの会と知らずに買ったチケットだったので、上映後誰も帰ろうとしないのを不思議に思いながら帰り支度していたら、トークショーの準備で、こちら仲代さんのマイクですテストテスト、と聞こえてきて、ウオォっと感激した
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