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映画ブロガーら有志23名による「10年代映画ベストテン」発表!

ラスト、コーション [監督:アン・リー]

2008-02-22 00:24:51 | 映評 2006~2008
個人的評価:■■■■■□ (最高:■■■■■■、最低:■□□□□□)

考えてみると、アン・リーはリアルタイムでその映画作家としての成長と成熟とを目の当たりにしてきた監督だ。
「ウェディング・バンケット」(アカデミー外国映画賞候補)のストーリーテリングに驚愕し、いかにも頼まれ仕事ながら「いつか晴れた日に」(アカデミー作品賞候補)で泣かされ、わざわざ名古屋まで観に行った「アイス・ストーム」はさして面白くもなく、そうかと思えば「グリーン・ディステニー」(アカデミー外国映画賞受賞)で武侠ものブームを開き、「ブロークバック・マウンテン」(アカデミー監督賞受賞)で「ウェディング・バンケット」で挑んだゲイ映画ジャンルの最高傑作を放つ。
様々なジャンルの作品を手がける器用な職人監督としての一面も持つが、やはり彼の本流は、「ウェディング・バンケット」「ブロークバック・マウンテン」そして本作「ラスト、コーション」のような肉欲に根ざした愛想劇だろう。
そういうのを撮るとき、何故だか僕の心には一番響いてくる。
本作は「ブロークバック・・・」よりさらに踏み込んだドロドロの愛想劇でありね個人的にはアン・リーの最高傑作だと思う。
肉欲を描く割に、裸や行為としてのセックスを描くことを意図的に避けてきた気がするアン・リーがついに、はっきりこれ見よがしに行為そのものを撮った。これまで彼が映画に求めてきたものの本質がついにさらけ出された感じがする。
映画が始まってからR18なセックスシーンが描かれるまでの長ーい時間、タメにタメてついに炸裂する猛烈性描写から得られる絶頂感が、「ウェディング・バンケット」から「ブロークバック」までの描きたいのに避けてきた数年間を経てついにストッパーを外したアン・リーの映画作家としての道がダブって見えてしまうのだった。

さて、そんな話は一旦終わりにして、ここではこの映画を「良質のスパイ映画」と見なして、スパイ映画的視点で褒めてみたい。

元CIA長官アレン・ダレスは言った。
スパイになる理由は大別して三種類
・信念
・冒険好き
・罠にはめられて

アレン・ダレスが言うところの「冒険を求めて」スパイになった女の話として観ると、本作はスパイ活動から垣間見える人の性を描いた映画として面白く見えてくる。
言うまでもないが、主人公チアチーは国のため、人民のため、抗日のため・・・という信念からスパイをしていたわけではない。
公演の前のシーン、1人映画館で号泣するチアチー。激しやすいタイプなのである。そしてロマンチストなのである。
そして舞台において、何百回と練習してきたであろう台詞を叫びながら、涙を溢れさせる。演技の涙でもないが、かといって台詞から訴えられるプロパガンダに心打たれた涙でもない。役者としてそのキャラに深く入り込んだ結果自然と溢れる涙である。
そして彼女の涙の熱演に心打たれた観客たちが思わずシュプレヒコールを上げる。
その時チアチーは演じることの恍惚を感じたろう。役に没入しすぎて自分の殻を破る快感と、自分の演技が聴衆を奮い立たせた感動。
反戦も抗日も中国開放もない、極めてパーソナルな感動に浸ったのである。

さて、演劇仲間たちは愛国の情熱に燃え、大中国の裏切り者、イー(トニー・レオン)の暗殺を計画する。
皆が、「中国のため」と愛国心に満ちた口上を述べて、素人スパイチームへの参加を表明していく中、1人チアチーだけは無言で彼らの輪に加わる。
元憂国アマチュア劇団、現素人愛国スパイ団はチアチーを除く全員がダレスの言うところの信念のスパイである。大きな組織の後ろ盾もなく、人殺しの経験もなければ、ほとんどみんな童貞というスパイとしてはおよそ使い物にならないド素人チームながらも、「信念のスパイ」は強敵である。拷問に耐え買収には簡単に応じない。だがチアチー1人は「冒険好きゆえのスパイ」である。
演じることの快感を知った彼女は、演技のさらなるステップアップの一環としてスパイ団に入団したのかもしれないし。
あるいは10代の学生たちなら誰しも抱く「今このときだけの青春の日々を、かけがえのない仲間と謳歌したい」という甘い渇望から、演劇仲間=スパイ団へ入団したのかもしれない。
もっと単純にイケメン団長が好きだったからかも知れない。
「冒険好き」と言ってしまうと語弊があるが、少なくとも国家のため信念のためではなく、個人的好奇心からスパイ活動に従事したことは間違いない。
「国のためにスパイしていたのに何で裏切るんだよ」的意見も散見されるが、それは全くの的外れだろう。
物語りの前半と後半で動機にやや違いはあるが、いずれにせよ彼女は国のため信念のためにスパイをしていたわけではない。
「お嬢様のスパイごっこにしか見えない」という意見もあるが、それはその通り。なにしろはっきり言えば、この物語はお嬢様のスパイごっこを描いているのだから。

ど素人スパイ同好会(活動内容はかなり本格的)が結成されてからの展開が個人的にはむちゃくちゃ面白い。
国家の敵抹殺を大目標に掲げながらも、所詮は素人。とても頼りないが、情熱が活動を支え、素人なりに様々なアイデアを駆使して、敵に近づく。
素人劇団で鍛えた演技を総動員してブルジョワ夫婦の役を続けるスパイ同好会一同。
亭主役や運転手役のいっぱいいっぱい感と対照的に、チアチーはブルジョワ夫人の役を堂々と演じ、自分の演技にイーがメロメロになりかかれば、あわせて気分が高揚していくのがよくわかる。それがまた本当に不倫恋愛発展中の女性の喜哀入り混じった感情とも見える。
よく言われる話だが、つり橋の上で出会った男女は、揺れる橋の恐怖感が恋愛のドキドキ感にすりかわってしまい恋に落ちてしまうという。
チアチーも同じような状況だったのかもしれない。ブルジョワ演技成功の高揚感と不倫恋愛のドキドキ感が、生理反応的にはあまりに似ていたがゆえに、チアチーも恋の錯覚という罠に落ちていったのでは。なにしろ彼女には国のため正義のためという思想的なバックグラウンドがない。故に任務を忘れ恋という個人的感情に陥りやすいメンバーなのだ。
その仮定からいくと、トニー・レオンとワン・リーホンというキャスティングも絶妙である。
イー役は初めからトニーを想定していたのだろうが、イケメン団長もまたトニーと同系列の顔。
そもそもイケメン団長への恋心からスパイ団入りした節もあったチアチーだけに、ターゲットのイーがイケメン団長と似た彼女の性的ツボ顔であるために、恋愛へと陥る彼女の心理に説得力を与えている。

いよいよ女スパイの常套手段、「ベッドで敵をたぶらかす」をしなくてはならなくなってきた。
ブルジョアマダムが処女だとマズい。ベッドテクの練習が必要だ・・・とド素人スパイ団が本気で考えるところは、スパイ映画としてもサスペンス映画としても青春映画としてもエロ映画としても面白い。挙げ句、好きなイケメン団長でなく唯一童貞でない男(顔はブサイク、相手は商売女)とセックスの練習をするくだりの面白さはなんと表現したらいいのか。
真剣に考え、悩み、疲れながらセックス訓練をする。これが若さというものか・・・と笑えてくるが、本人たちは大マジメで、だからこそまた余計に可笑しくなってくる。
そして挙げ句の果てにターゲットの男は上海へと転属になり青春を犠牲にして磨いたベッドテクは目的を失ってしまう。
物語がここで終わっても素人スパイたちの喜劇として充分、面白い作品となっただろう・・・だが、映画はさらに続き、もっと壮絶な後半戦へとなだれ込む。

*****
素人スパイたちの暗殺大作戦が失敗して数年。チアチーは抜け殻のようになって暮らしていた。
学業を心の逃げ場にして暮らしていた彼女に、あのイケメン団長が現れ、再びあの時のリベンジマッチの話を持ちかけられる。
イケメン団長ら劇団チームはいまや素人ではない。抗日組織の後ろ盾のついた立派なプロである。
あの時おとしかけたイーを再び誘惑せよ
チアチーは引き受ける。やはり国のためではない。反戦のためでも抗日のためでもない。
また演じる快感のためでも、青春を謳歌したいためでも、恋愛のためでもない。
全てが中途半端に終わったあの時の清算のためであろう。
色んな理由があったにせよ、とにかく一度ぼんぼん燃え上がった心に突如冷水をぶっかけられたズッコケ感に支配された数年間。
肉欲ほどさんざんチラつかせておきながら結局させてもらえない時に、鬱憤が溜まるものはない。
押さえつけられた生理的欲望を吐き出したい。やり遂げなきゃ気が済まない。
そんな実に単純な動機から、再びスパイ活動に従事する。
途中、国民党の情報部将校から、「任務に必要なものは忠誠心だ!!」と説教されるシーンがあるが、忠誠心とは無縁なスパイを描くからこそあえて喋らせた台詞である。時に信念なきゆえにいい仕事をするスパイもいるのである。個人的でありすぎるがゆえに下手な芝居よりはるかに敵の心を打つ。チアチーはそんなスパイであった。(それ故に最後は失敗することになるのだが)

前半「キラキラ」していたチアチーの瞳は、後半明らかに「ギラギラ」に変わる。
イー(トニー・レオン)も同様である。もともとトニー・レオン自体がネクラスケベっぽい顔をしているが、いつにも増して性衝動が溜まりまくっているような演技を見せる。
そして二人はついに肉体的行為に突入する。
それは愛の行為というより、食うか食われるかの壮絶なアクションシーンと形容する方が近い。
トニーのSぶり全開の縛りむち打ちプレイに始まり、アクロバティックな技が次々と繰り出される壮絶セックスシーンではトニーもタン・ウェイも、格闘家のようなあるいは獲物を狙う肉食獣のようなバトルモードの表情を浮かべている。
それも任務のための戦いではない。
自分の欲望と相手の欲望のどちらが上か?
「要するに強い方が最後に立っているのさ」というリング上で対峙するボクサーに近い精神を感じる。
セックスシーンにおいてチアチーはその気になればイーの銃を奪うなどして殺すことも出来たろう。
だが彼女はそうしない。
行けるとこまで行ってみたい、その先に何があるのか見てみたい。
チアチーの気持ちはさればかりであったろう。

その一方で「性行為=バトル」なしの二人だけの時間には、何か安心感のある空気が漂う。
日本料理店でチアチーが自慢の歌声をイーに聞かせるシーンなど、緊張感の塊のような物語後半におけるオアシスのように安らぎが溢れる。
スパイとしてはあまりに女でありすぎたチアチー。
ラストの彼女の決断は見るものの心をかきむしる。
ダイヤに目がくらんで味方を裏切るなんて、ひでー女だ・・・と思うかも知れない。
しかし今までなぜこの映画が、ほとんど意図的に時代背景の説明を省き、日本軍と中国軍の戦闘シーンなども描かなかったのか、その監督の意図はラストの彼女の極めて俗っぽい女としての決断をさせるためにあったのだ。
チアチーにとって戦争も抗日も中国解放も目に入っていない。物語が進むにつれ彼女にはイー以外何も見えなくなってくる。
そしてイーが妻にも買ってあげなかった6カラットものダイヤをチアチーのために買ったことで、イーなりの本気の気持ちを知り心が乱されたのである。
だがあの決断も果たして正しかったのか、チアチーはわかっていない。イーに「逃げて」とは、いつ言ってもおかしくなかったし、ついに言わないということもあり得た。その日の天気や、朝、どっちの足から外に出たかとか、その程度の些細なことでも全く別の決断をしたかもしれない。
そんな心の不安定さをタン・ウェイは全身で表現しており、結果として売国奴に秘密をバラすという間違った決断を下してしまったことも、欲望に負けてしまう人間の弱さを感じさせて心に残る。

トニー・レオンの死にっぷりも観たかったが、そんなありがちなスパイ映画にはせず、個人的感情からスパイ活動に従事したが故に作戦が崩壊していく過程を、人間的欲望とともに描いた、他にあまり類のないユニークなスパイ映画に仕上げた点が評価できると思う。

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11 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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ハルクは (sakurai)
2008-02-22 12:44:32
あえて、避けたのでしょか・・・。
私的には『アイスストーム』は結構好きでしたわ。
トビー君が、いかにもトビー君で。

さて、チアチーからの視点のスパイ物語、面白いですねえ。なんで、そんなに女心がわかるのですか>?というよりも、わかりやすい女でしたよね。
で、あたしはイーですよ。
イーのイたさです。
って言うよりも、ただ単に、トニーさんにめろめろなだけですが。
最後の終わり方も好きでしたわ。
いやいやい撮ったにしても「いつか晴れた日に」は最高だったので、これは2番ということで。
返信する
もう1回 (aq99)
2008-02-22 20:35:38
こうして読みますと、前半のとこは、おそろしく面白い話ですね~。
あらためて気づかされた点がいろいろありました。
私は後半のSEXに溺れていく感がイマイチ伝わってなかったんですが、
>青春を犠牲にして磨いたベッドテクは目的を失ってしまう。
あの奥手の男前団長は手を出しとらんから、うずきまくっとったんですね。
それであのラスト近くの「今頃言うても、もう遅いわい!」
なんか、もいっかい見たなってきたぞ~。

前半のSEXシーンで乳首をみせなかったんは、トニーとの絡みんとこまでとっておいたんですね~。
返信する
コメントどうもです (しん)
2008-02-24 12:35:15
>sakuraiさま
ハルクは観てないんですよ。
あんなアン・リー観たくないよーって避けてました。
でも、今は逆に観たいです。ハルクのアクションとラスト、コーションのアクションどっちが上か、
グリーン・ディステニーには勝ったぞラスコー

トニーの妄想ネクラ系演技はすでに人間国宝ものですね

>aq99さま
前半であのイケメン童貞野郎が頑張って相手してやれば、後半の展開はめちゃめちゃ変わったはずなのです。
あの団長はポストトニーを狙う、情けなスターを狙って邁進してほしいものです
返信する
えぇぇえ! (sakurai)
2008-02-24 22:49:02
「ハルク」を見てない!!
それは画竜点睛を欠きますよ。
絶対に見るべきだとアン監督も言ってます(??)
人生最大の汚点や、見る方も恥ずかしいような青春の恥部?を見てあげなきゃ。
アクションは全くと言っていいほどありませんが、恥ずかしいエリック・バナナも見てあげなきゃ。

トニーさん、なんか徳井君っぽくなってきそう・・。
返信する
イケメン団長 (RIN)
2008-02-26 21:23:55
こんばんは♪
イケメン団長が童貞くんだった・・・
というような大穴は、欧米映画ではありえないんでしょうね。
しかも、その他大勢も童貞君なので、団長権威は失墜せず・・・ということも。

チアチーは自己陶酔、激昂タイプな子でしたねえ。
映画館で号泣していたのにはビックリしました。
イケメン団長の前で「イー、コワイの!」と泣きじゃくり、
トニーさんの書斎では「別のオンナに浮気してるのかと・・・麻雀負け続けてるし」
とウロたえるあたりは、本音なんだけど途中からだんだん自己陶酔していく感じ
がアリアリとしててアンリースゴイね!と思いました。
ハルクは、私も観てないんですけどね。すごく興味はあるんです。
でも、観ても「アンリーの軌跡」みたいなのってわかんないんだろーなーとか思っちゃうんですけどね。
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コメントどうもです (しん)
2008-03-01 13:13:33
>sakuraiさま
ハルク絶対観ます

>RINさま
童貞スパイ団の若さ故の過ち的青臭い感が最高に面白かったです。
チアチーみたいな女に、男は弱く、チアチーみたいな女は男に弱いのですね
返信する
素晴らしいレビュー! (えい)
2008-03-04 10:11:09
こんにちは。

この映画については、しんさんのレビューを読めばそれで十分ですね。
深い洞察力に、ほれぼれしました。

返信する
コメントどうもです (しん)
2008-03-04 22:16:52
>えいさま
お褒め頂き恐縮でございます
原作ではチアチーの心理ってどのように描かれているのか、気になります
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トラックバック、ありがとうございます。 (冨田弘嗣)
2008-05-07 21:35:06
トラックバックのお返しが遅くなり、申し訳ありませんでした。
本当に・・・深い洞察力・・・ですね。はじめて読ませていただいた頃より、ますます筆に力が入っていく。評論として、素晴らしいと思います。
私は日々のなにがしかを綴っているだけで、成長は止まったままですが、読ませていただきながら、頑張らねばと奮起した次第。
これからもたくさんの刺激を下さい。
冨田弘嗣
返信する
コメントどうもです (しん)
2008-05-15 02:42:56
>冨田弘嗣さま

いつもありがとうございます。
刺激的な映画が少ないのであまり刺激をご提供できないかと思いますが、今後もたまに御覧になってください
返信する

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