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映像作品とクラシック音楽 第27回『ライトスタッフ』

2021-07-30 00:50:54 | 映像作品とクラシック音楽

こんにちは
クラシック音楽が印象的な映像作品について、グダグダ語るシリーズを書かせてもらってますインディーズ映画監督の齋藤新です
今回は『ライトスタッフ』の音楽について、書かせてもらいました!!


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中学か高校の頃だったでしょうか
当時私はジョン・ウィリアムズに心酔していて彼よりすごい作曲家はこの世にいない!!などと何も知らないガキんちょでしたし、そんな風に思っていました。まあ、今も似たようなもんですが。
そんなある時、サントラ好きの友達が、ジョン・ウィリアムズよりすごい人見つけたぞと言ってきたのです。
彼はレンタルビデオで観た『ライトスタッフ』という映画の音楽が素晴らしかったと言って、そのエンドクレジットの音楽をカセットテープに録音したものを聞かせてくれました。

ほう、なるほど、いい曲だねぇ。こいつは一体なんてえ奴が作曲したんだい?と聞くと、彼は言うのです。
そうさねえ、たしかビル・コンティとかいう名前だったよ。

ちょっと待ちなさいよ、バカなこと言っちゃいけないよ。
ビル・コンティにこんな曲書けるわけないだろう
ビル・コンティってあれだよ、ロッキーの人だよ。
書く曲書く曲これでもかと軽いノリにしちゃう人だよ。
一回だけ007の音楽やったけど、ユア・アイズ・オンリーだけど、聞いたかい?あの軽さ。あれトランペットの人絶対に休符の間、トランペットくるくる回してるぜ

しかし、実際私も『ライトスタッフ』をレンタルして見てみれば、たしかにエンドクレジットに、感動的にダイナミックなフルオーケストラサウンドが鳴り響く中、ビル・コンティの名が燦然と輝いていたのです。
しかも、あなた、コンティはこれでアカデミー賞作曲賞を取ったというではないですか
へぇぇ 人は見かけによらないもんだねぇ…と思ったものです。
が、しかし、そのころの私はクラシック音楽の知識など無いに等しく、チャイコフスキーもホルストも聞いたことはありませんでした…


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『ライトスタッフ』は1983年のアメリカ映画で、上記のエピソードは80年代後期のころのことと思います。
その当時『ライトスタッフ』はアカデミー受賞作だというのにサントラアルバムが発売されておらず、私も友達もビデオから録音したものを聞いていました。あとエリック・カンゼル指揮シンシナティポップスオーケストラ演奏のアルバムにライトスタッフのエンドテーマがあり、ライトスタッフ目当てでそれを買ったりもしました(いまなぜか手元にないのですが、なかなかの名盤でした。『ライトスタッフ』もよかったのですが『スペースバンパイア』のテーマも名演でした)。
そしてそれからさらにしばらくたってから、ビル・コンティ自らがセルフカバーした新録によるサントラアルバムが発売されました。演奏は映画音楽好きには信頼のブランドだったロンドン交響楽団(LSO)です。CDのジャケによると発売は86年とのこと。私たちがそれを見つけたのは87年か88年だったと思います。その素晴らしいオーケストラサウンドに酔いしれ、音速を超えるチャック・イェーガーや、宇宙を飛ぶジョン・グレンの気持ちになって何度も聞き返していました。


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念のため、『ライトスタッフ』とはどういう映画か…解説しますと
大きく分けて前半と後半の二部構成になっていて、前半はテストパイロットのチャック・イェーガー(サム・シェパード)が、人類初の音速突破をはじめ航空機による数々の記録を作っていく物語
後半は米ソの宇宙開発競争で、ソ連に後れをとったアメリカが有人宇宙飛行を行うために選ばれた7人の宇宙飛行士の物語です。
全般的にフィクション性、ドラマ性を排して、ノンフィクション風に淡々と進んでいきます
宇宙飛行士たちを演じているのは、アメリカ初の宇宙飛行士シェパードをスコット・グレン(『羊たちの沈黙』のクラリスの上司ですな)、不運と悲劇の宇宙飛行士グリソムをフレッド・ウォード(『トレマーズ』のケビン・ベーコンの相棒ですな)、俗物どもの宇宙飛行士たちの中でただ一人高潔な紳士の風格をまとった一番人気のジョン・グレンをエド・ハリス(『アポロ13』では地上管制官のリーダーを演じてましたな)、ラストで宇宙に飛び立つクーパーをデニス・クエイド(『インナースペース』で主役の愛嬌あるハリソンフォードみたいな顔の)などです。
それにしましても『ライトスタッフ』はいい役者がそろってますね!
他にちょい役でランス・ヘンリクセンやジェフ・ゴールドブラムも出てるんですよ!
後半の宇宙計画編が本作の要には違いないですが、この映画が素晴らしいのは、前半の主役チャック・イェーガーをラストで忘れ去られたヒーローとして再登場させるところです。世界が宇宙に注目している中、誰も気にかけない大空の記録に一人で黙々と挑むイェーガーの姿こそ本作の肝だと思います。


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そんな『ライトスタッフ』のサントラですが、色々とクラシックを聴くようになってくると、あれれれ?と思うところが多いのです

サントラの1曲目「Breaking The Sound Barrier」は、チャック・イェーガーが人類史上初の音速突破の偉業を成し遂げる飛行に飛び立つシーンの曲です。
1947年というわけで大戦時の爆撃機B29(みたいな機体)のおなかにくっついた、人間爆弾桜花みたいな形の実験機を空中分離するシーンにかかります。
…が、この曲、ホルストの「惑星」の「ジュピター」によく似ているんですね


サントラの5曲目「Yeager's Triumph」は、映画のラストシーンとエンドクレジットにかかる名曲です…が、サビのところ、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲の第一楽章のフルオケでもりあがるところにそっくりなんです。
まあ、米ソ冷戦を背景にした映画のラストでアメリカの偉業をロシアの曲で祝福するところに平和への願いを感じる…と深読みも可能ですが。


そしてサントラの4曲目「Glenn's Flight」は、ジョン・グレンのロケットの打ち上げシーンのために書かれた曲ですが、こいつはホルストの「惑星」の「火星」にそっくりなんですね。
ところがこの曲が本編ではどう使われたかと言えば、本編ではコンティのスコアでなく、ホルストの「火星」がそのまんま使われているのです。
ロケットの打ち上げまでは「火星」、ブースターが点火してロケットが飛び立つところでは「ジュピター(木星)」、大気圏外に出ると「ネプチューン(海王星)」と、ホルストの「惑星」をリレーしてつないでいます。
じゃあ、このサントラの本編未使用の「火星」そっくりの曲はなんなんでしょう。


思うに、監督フィリップ・カウフマンに「火星」みたいな曲で、とオーダーを受けてコンティがご希望通りの曲を作ったものの結局オミットされ、元のイメージの曲がそのまま映画本編に当てられた…ってところではないかと思います。
それでコンティが陽の目を見なかった曲をサントラ用に新録したのでしょう。

それにしてもLSOの人たちなら「惑星」もチャイコのバイオリン協奏曲も、何十回と演奏していたでしょうに、そっくりの曲を弾くときはどんな気分なんでしょうか?


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誤解のないように書きますが、私はだからコンティはクラシック音楽をパクってけしからん、と言いたいわけではありません。
監督からクラシック音楽のイメージを提示され、作曲家がオリジナリティと監督要求の狭間で苦闘する、というのはこのシリーズの第一回「2001年宇宙の旅」や、第8~10回の黒澤明編など何度も書きました。
コンティも悩みに悩んで、それこそホントはロッキーみたいな曲を書きたかったろうに、監督の無茶な要求に応えて見事すぎるフルオーケストラサウンドに仕立て上げたその苦労は推して知るべしです。そして渾身の曲をオミットされるのも映画音楽の世界ではよくあることとは言え、それをLSOを使って再録するくらいだからよっぼと悔しかったのだと思います。
どんなに似通った既成曲があろうとも、『ライトスタッフ』の音楽は場面場面にびったりマッチし、映画に風格と気品を与えていました。ビル・コンティの最高傑作で、アカデミー賞の名に恥じない名曲であることは疑う余地はありません。


監督のフィリップ・カウフマンですが、あまり詳しくはないのですが、『存在の耐えられない軽さ』ではヤナーチェクの曲をふんだんに使ったりして、なかなかのクラシック音楽オタクではないかと想像します。
ここはホルストで、ここはチャイコで…とビル・コンティにイメージを伝えるのもありそうな話だなと思います。
ビル・コンティもそういう曲が欲しいならジョン・ウィリアムズにでも頼めよと思ったかもしれませんが、そこはグッとこらえて彼にとっての新境地ともいえるオーケストラサウンドに挑んだのでしょう
コンティにとっても「Breaking The Sound Barrier」な仕事だったのです。


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ところでジョン・グレン飛行シーンの「惑星」ですが、この原稿を書くために『ライトスタッフ』を見返してみて、エンドクレジットの表記で今更になって気づいたのですが、小澤さん指揮のボストン響の演奏でした。

私がたまたま持っていた、ずいぶん前に買った「惑星」のCDが、やはり小澤さん指揮ボストン響です。しかも録音が1979年と『ライトスタッフ』公開の4年前…て、ことは『ライトスタッフ』に使われた音源はまさにこれじゃないのかな?
でも「火星」の盛り上がり方とか、聞き比べるとちょっと違う気がします。映画で使うときは色々音響の調整したりエフェクトかけたりして同じには聞こえないかもしれませんが…

とまあ、今回はこんなところで
それではまた素晴らしい映画とクラシック音楽でお会いしましょう!!

#ライトスタッフ #ビルコンティ #ホルスト #惑星 #小澤征爾 #チャイコフスキー


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2 コメント

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Unknown (なお2号)
2023-06-12 11:09:21
文中に出てくるケビンベーコンもアポロ13に出てましたね。
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Unknown (studioyunfat)
2023-06-13 01:24:24
なお2号様
アポロ13もキャスティングが素敵すぎる映画でしたね!
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