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映像作品とクラシック音楽 第46回『くるみ割り人形と秘密の王国』ハリウッドのなんでもシェフはチャイコフスキーの料理も美味い

2021-12-08 08:55:16 | 映像作品とクラシック音楽
クラシック音楽が印象的な映画についてぐだぐだ語るシリーズです。
師走になりましたので季節感ある作品でいこうと思いまして2018年の『くるみ割り人形と秘密の王国』を取り上げます。

この映画、クラシック音楽ファンがよく知るバレエの「くるみ割り人形」とはストーリーがだいぶ違います。
バレエ版のストーリーをざっくりと説明すると・・・


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クララはドロッセルマイヤー叔父さんにもらったクリスマスプレゼントのくるみ割り人形をもらいますがクソガキ感ある兄に壊されてしまいます。修理した人形を抱いて寝ていたクララは小さくなってネズミに襲われます。するとくるみ割り人形が動き出してネズミどもと斬り合いを始めます。
ネズミ「お主何者だ」
くるみ割り人形「帯刀、余の顔を見忘れたか」
ネズミ「余の顔だと…」
江戸城内のカットバック。人形は8代将軍じゃなくて王子様だった!!
ネズミ「は!う・・うう・・・上様!」
くるみ割り人形「民のために悪を正すべき奉行の身でありながら大黒屋と結託しての悪行三昧。この吉宗とくと見分した。いさぎよく腹を斬れ!」
ネズミ「う・うう・・こやつは上様の名をかたる偽物!!出合え出合え!」
くるみ割り人形「成敗!!」
そんなこんなでネズミに勝ちイケメン王子に変わったくるみ割り人形はクララを王国に連れて行ってくれて、そこでクララは色んな国の踊りを見せつけられて、最後にスーパープリマ登場でパドドゥ決められて、ハッと気づいたら「夢か…」

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バレエ版は誰も気づかない程度にわずかに脚色しましたが、ほぼそんな話です。どう考えてもこのまま映画にしても面白くなるはずはありません。
そんなこんなで、映画『くるみ割り人形と秘密の王国』では、クララの行った国ではシュガープラムの精がクーデターを企て王国の支配を目論み、その陰謀にクララとくるみ割り人形がネズミたちとも力を合わせて戦う、というストーリーに変わります。

まあ、はっきり言うとそんなに面白い映画じゃありません。
と言いましても最初からそんなに期待していたわけじゃないので、あまり見て損した感はありません。
キャストは、クララ役のマッケンジー・フォイちゃんがかわいく、キーラ・ナイトレイにヘレン・ミレンにモーガン・フリーマンと内容のわりに無駄に豪華で、彼女らが楽しそうにやってるの見ていれば悪い気はしません。
私があえてこの映画を観たのは、ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽を期待してのことでした。そしてハワードの音楽は期待以上に素晴らしかったのですが、音楽の話は後述します。

映画の内容面に戻すと監督はラッセ・ハルストレムとジョー・ジョンストンの連名となっています。ハリウッド映画で監督を2名連名で表記することは原則としてありません。ほぼ全期間を通じて二人が共同作業をしていると認められる場合に限り許されるそうです。
調べてみると本作の場合は、そうではなく、ラッセ・ハルストレム監督による本編撮了後にさらに32日間にも及ぶ追加撮影が行われ、その追加撮影をジョー・ジョンストンが監督したと言います。ラッセはスケジュールがあわずに追撮に参加できず、しかし編集作業はジョー・ジョンストンと共同で行ったとのことで連名が認められたとか…
どうも最終的な映画のできと合わせて考えると、トラブルのにおいがプンプンするわけです。
そもそもラッセの撮ったものがそんなに悪くなければ、32日間もの追加撮影など必要ないわけです。こりゃあ、大方、制作サイドとラッセが対立し、仕事人で特撮にも明るいジョンストンが尻ぬぐいさせられたってところじゃないのかなと思います。

ラッセは80年代『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』でミニシアター系映画ファンの心をとらえたスウェーデンの名匠です。その後アメリカに拠点を移し、『ギルバート・グレイプ』『サイダーハウス・ルール』『ショコラ』といった作品で高く評価されてきました。
クラシック音楽ネタの映画だしヨーロッパ出身でアカデミー賞ノミネート経験もあるラッセでくるみ割り人形の映画化を進めたディズニー。しかし、あかん、おもんない…となって、ジョーなんとかならへん? となったのではないでしょうか。
いやそもそも特撮ふんだんに使った娯楽スペクタクルファミリームービーを、ラッセに撮れる気がしないのです。そんなものはじめからジョー・ジョンストンで進めていればよかったのです。
だってジョー・ジョンストンの輝かしい経歴を見てごらんなさいよ。ジョーの映画にそれまで一つでもつまらないものがありましたか?『ロケッティア』『ミクロキッズ』『遠い空のかなたに/オクトバー・スカイ』『ジュラシックパーク3』『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』のジョー・ジョンストンですよ!彼の輝かしい経歴に唯一の傷をつけてしまったような作品となってしまった『くるみ割り人形と秘密の王国』です。
まあ、でもディズニーにとっては救世主で、恩はだいぶ売ったのでしょう。

なんとなく制作の裏事情も透けてくる監督連名を象徴するように映画もなんだかグタグダなんですが、しかし音楽は素晴らしいのです。
チャイコフスキーの名曲をベースに、映画用にアレンジされた楽曲は、変に現代的にはならずチャイコっぽさはしっかり残しながらも、映像と完璧にマッチしています。
音楽スタッフも実は無駄に豪華でして、指揮はグスターヴォ・ドゥダメル、演奏はフィルハーモニア管で、ピアノソリストはランランで、劇中登場するプリマはミスティ・コープランドです。金に糸目をつけずにクラシック音楽ファンの動員を図ろうと必死になっている感じがあれですが、演奏はさすがにすばらしいです。
もう、映像を見ずに目を閉じて音楽だけ聴いてもいいくらいです…ってだったらサイモン・ラトルのくるみ割り全曲集のCD聴いてりゃいいんですけど。

それでチャイコの音楽をアレンジしたジェームズ・ニュートン・ハワードの話になります。
私の大好きな作曲家です。
彼の代表作をいくつかあげると『プリティウーマン』『逃亡者』『シックス・センス』『キングコング』『ダークナイト』と、誰もが知ってる名作ヒット作がずらずら出てくるのですが、これらの映画の音楽を覚えている人はサントラファンをのぞけば皆無ではないかと思います。
そうなのです。ハワードは印象に残る曲を書くタイプの人ではありません。その才能がないのではなく、そういう気質なのです。彼は音楽職人です。どんな曲でも書けます。
かつてジェリー・ゴールドスミスは「ロック以外なんでも書ける」と言いましたが、ジェームズ・ニュートン・ハワードはロックも含めてなんでも書けます。音楽を誰も覚えてないと書きましたが、それは裏を返せば脇役に徹するということであり、自分の作風を主張することよりも顧客満足を優先するというプロフェショナルな姿勢を物語っています。
だから顧客がロックが欲しいといえばロックな曲を書くし、チャイコフスキーの楽曲を映像に合わせてアレンジしてでもクラシック音楽の高級感は決して崩さず…なんて言われればその通りに作るのです。
ハワードのこうした姿勢と気質は、彼の中の特殊な才能を開花させハリウッドの作曲家の中で重宝さるようになります。
「ピンチヒッター」といいますか、困ったときの最速仕立て屋です。

映画音楽の世界も巨匠となると我が強くなってきまして、監督と対立することがあります。
ちがうちがう、俺が求めたのはそんな曲じゃない
うるさい、お前に音楽の何がわかる。これでいいんだ
ああ、もういい、おまえクビ
…なんてことが珍しくないわけですが、音楽制作は映画制作の中では最終版の工程なので、作曲家がクビになるころはもう公開日までカウントダウン状態だったりするわけです。
「たったの2週間で超大作っぽい豪華な音楽作れて監督ともめずにやれる人なんているわけないよ~」
「…いや、一人だけ、そんなことができる男がいます」
「ま、まさかあの男を・・・」
「そのまさかです!」
って感じかどうか知りませんが、ジェームズ・ニュートン・ハワードがそうした炎上案件を片付けてくれるのです。
ジョン・バリーが降板した『サウス・キャロライナ』を、ジェームズ・ホーナーが降板した『わが街』を、マーク・アイシャムが降板した『ウォーター・ワールド』を、ハワード・ショアが降板した『キングコング』をハワードは短期間で音楽を作り上げて映画を救ってきたのです。


といっても『くるみ割り人形と秘密の王国』は、そうした理由でハワードが音楽を担当したわけではありません。これは単純に彼のなんでも書ける職人技が求められたのでしょう。ついでにいうと大体の曲がチャイコフスキーのアレンジなんて大物作曲家は嫌がったかもしれません。
しかし仕事師ハワードの音楽は見事でした。「くるみ割り人形」の全曲盤に出てくるあんまり有名ではない曲も含めて、大概の曲が何らかの形で顔を出します。花のワルツのように明確に顔を出すものもあれば、あれ?今一瞬入ったのアレだよね?って感じで入るのもあります。そうしたアレンジ楽曲を映像に合わせて演奏したドゥダメルもいい仕事だと思います。
個人的にはマザージンジャーの遊園地みたいな家でくるみ割り人形が道化師ロボっぽい奴らと戦う時にメリーゴーラウンド風の音で「ジゴーニュ小母さんと道化師の踊り」がかかるのが胸アツな瞬間でした。

映画のデキに反比例して長々と書いてしまいましたが、チャイコフスキーのくるみ割り人形が好きなら、音楽だけは楽しめるはずの本作ですので、是非!!というほど強くは推しませんが、ご興味がわいたらクリスマスですしどうでしょう・・・

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p.s.
私のジェームズ・ニュートン・ハワード のベスト3

『逃亡者』
 ウェイン・ショーターのサックスがかっこいいですし、アクションシーンの音楽の盛り上げ方は絶品です

『レディ・イン・ザ・ウォーター』
 笑うしかないショボショボはちゃめちゃファンタジーですが、ハワードの音楽は超大作音楽のよう豪勢さでそのギャップが最高です

『キングコング』
 新作キングコングをきちんとラブストーリーに仕立てたのはハワードの音楽に依るところ大でしょう。前述したように直前でクビになったハワード・ショアがたぶん例によって、土俗的かつ宗教的な音楽書いたんだろうな・・・と夢想するのも一興です。

それでは今回はこんなところで!また素晴らしいクラシック音楽と素晴らしい映画でお会いしましょう

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