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ショスタコーヴィチ 交響曲第9番

2017-11-22 12:11:09 | クラシック音楽
1945年4月。ソ連軍はついにベルリンに進軍。ヒトラーは自決し、ナチス政権は崩壊。ヨーロッパにおける戦争は終わった。
だがソビエトは第二次大戦参加国中で死者数は最多、国土は荒廃し、総力戦でからくも勝利したような状況だった。
そんな時にソビエトの大作曲家ショスタコーヴィチは「交響曲第9番」を発表した。
第7番から始まる戦争交響曲三部作の完結編である!
これはソビエトの偉大な勝利を讃える壮大かつ荘厳な曲になるだろう!とスターリン始めソ連の多くの人たちは思った。
何しろ作曲者にとっても重要なナンバー「9」だ。ベートーベンの第九のような集大成にして最高傑作を!という期待は高まった。
初演を指揮するのはあのムラビンスキーだ。期待はますます高まった。

…が、そこで奏でられたのは…
ベートーベンの第九どころか、バラエティ番組たとえば「ためしてガッテン!」とかにそのまま使えそうな、ユルユルの曲だった。
第1楽章のピッポコピッポコとピッコロが楽しくかなでるヘラヘラしたような行進曲を聞いて、ソ連のお歴々は全員椅子からずり落ちたのではないだろうか。

終楽章のコーダもまた、ん?終わったのか?今?終わったってことでいいのか?という、まるでジャンプ漫画の打ち切りのような唐突さで、拍手のタイミングがわからないのではないか?と心配になる。

しかも演奏時間は全楽章で30分にも満たない。7番の第1楽章より短い。

おい、こら、やる気ないだろ?バカにしてるだろ?!
…と当時のソ連ではメタクソに叩かれたらしい。
スターリンも9番を聴いて「激怒」したと言われている。

もはやショスタコーヴィチの作曲家生命も、文字通りの意味での生命も風前のともし火だった。
ベートーベンやドボルザークやマーラーのように彼も第9番が遺作になってしまうのだろうか?
残りの余生をシベリアの開拓地で政治犯や捕虜相手に凍傷で何本かなくなった指でピアノでもひいて過ごすしかないのだろうか?と思われた。

ところが、ショスタコのすごいところは生き残るための立ち回りのうまさである。
彼は同時期に交響曲ではない別の曲を書いて今度はソ連のお偉いさん方が膝を叩いて喜ぶような曲を作り「スターリン賞」までもらっちゃう。(私はその曲聴いてない)
どうにか、作曲家として延命に成功した彼だが、次の交響曲第10番の発表まで10年くらいの期間を置くことになる。10番の発表はスターリンの死後だった。


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そんなちょっと空気読めよ〜な発表の仕方だった第9番だが、そんな事情とな無縁な2017年のいま聞くぶんにはとっても楽しくウキウキしてくる名曲だ。
あの重々しくいつも血生臭いショスタコのこの軽さは何としたことだろう。

8番を寿司屋のネタでコハダに例えたが、その例えでいくなら9番は寿司屋のネタでいうと…もう、プリンとかアイスであろう。
でもあの寿司屋のプリン結構美味くてさあ、ついつい頼んじゃうんだよ、って感じ

そんなショスタコどうしちゃった?なキワモノ感すらあるこのピッポコピッポコおもちゃの兵隊マーチだが、もしかすると、もう戦争は終わった、これからは楽しく生きていいんだよ、というショスタコーヴィチから全世界へのメッセージだったのかもしれない。

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CDは、前に紹介したバーンスタインのタコ7「レニングラード」にカップリング扱いで収録されていたもの。
バーンスタイン指揮でこちらはウィーンフィルの演奏。80年代の録音。

ガーシュウィンも得意で、自身も「ウェストサイド物語」を作曲している軟派なバーンスタインは、こういう楽しげで軽妙な曲はもちろん得意だ。
ニコニコ顔でタクト降ってる姿が目に浮かぶ。コーダをノリノリで指揮して、ピタッと止めて、きっとそのあとドヤ顔してるんだろう。

初演したムラビンスキーはあの仏頂面でこんな軽い曲を演奏したのだろうか。ムラさん版もいつか聞いてみたい。
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