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映画ブロガーら有志23名による「10年代映画ベストテン」発表!

エレニの旅 (7日間映画チャレンジの3日目)

2020-05-06 00:33:23 | 過去に観た映画
エレニの旅

うえだ城下町映画祭の尾崎さんから頂いた7日間映画チャレンジの3日目は、2000年代映画から1つということで、私の2000年代ベストワン映画を紹介

ちなみに10年前に私のブログで行いました、映画ブロガー37名によって選出した「00年代の映画ベストテン」もよろしければご覧ください
OGPイメージ

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2009年12月末より当ブログで募集を開始した「ブロガーによる00年代映画ベストテン」。その集計が完了しました。企画にご賛同いただいた「映画...

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「エレニの旅」
日本公開2005年
テオ・アンゲロプロス監督

一番好きな映画は?と聞かれると「ブレードランナー」と答える私ですが、部分的な一番というやつもいくつかあります。

一番泣いた映画
一番騙された映画
一番ラストがかっこいい映画
などなど・・・

で、一番の映像美な映画と言うと私にとっては「エレニの旅」です

いやいや「麦秋」や「2001年宇宙の旅」よりいいってなんで言えるの?って言われると特に反論はしないけど
でもほぼ映像だけで魅せられた映画体験としてはけっこうぶっちぎり一位の作品です。

今でこそテオ・アンゲロプロスと言えば、好きな監督ベストテンに入れるような監督ですが、この映画を観た年2005年においては苦手な監督でした。
とにかくすぐ眠くなる映画を撮る人という印象でした。
例えば「永遠と一日」とかは劇場に見に行ったのですが(たぶん中劇シネサロンでの松本シネマセレクトでの上映ですよ)、開始30分で眠り気が付くとエンドクレジットでした。
他にもなんだったかな「こうのとりたちずさんで」だったかな、それもあっさり寝ましたよ。
いや、今は二つとも好きな映画で、DVD持ってますよ。始まって30分で寝た映画のDVDを買うほどになったのも、「エレニの旅」のおかげです。

「エレニの旅」はたしか、2005年のGWに東京の銀座の映画館で観ました。たぶんシネスイッチかシネパトスでしょうよ。
当時は松本に住んでました。厳密には塩尻です。
山形大学の映画研究会の後輩で部員で一番芝居のうまかったヤスって奴の結婚式があって、それに出るため山形に行ったんです。
その結婚式に行く数日前まで入院してました。痔で。
まだ排便すると地獄の痛みがあるころでした。でもヤスの結婚式なら行かないわけにいかないじゃん。
それで式のあと、山形というか当時米沢に在住のホーショーというやつの家に泊まり彼とほぼ徹夜に近い感じで飲んでました。
そして翌朝東京行きの新幹線に乗り、東京で松本行きのあずさに乗り換えるわけですが、別に急ぐ理由もないし、東京で二つくらい映画みて帰ろうと思ったのです。
そして一つ目に観たのがペドロ・アルモドバル監督の「バッド・エデュケーション」でした。これはとても面白い映画でした。
そしてなぜだか二つ目にテオ・アンゲロプロスを選んだのです。

整理しますと
・数日前まで入院していた
・前日ほぼ徹夜した後、新幹線で移動してきた
・映画はその日二つ目だった
・テオ・アンゲロプロスの映画はそれまで二つ観て二つとも1時間も持たずに眠ってしまった

そんな状況なら寝るに決まってるだろ
でもなぜ「エレニの旅」をチョイスしたのだろう?

まあ、たぶんその時、観たい映画がなかった
電車まで時間があるので、寝たとしても時間つぶしにはなるだろうと思ってた
当時、映画賞や映画雑誌のベストテンに強く関心があり、テオ・アンゲロプロスの映画ならその年のキネ旬ベストテンに入るだろう(実際2005年度のキネ旬ではベストテンの第2位に選出された)、だから見ておけば面白い/つまらない、といった話に参加するくらいのネタにはなるだろう
・・・などといったせこい計算でチョイスしたのでした。

むしろ、さあねるぞー・・くらいの気持ちで見始めたのだが・・・

私は本編における2カット目で、心をがっしりつかまれた
2カットといってもテオゲロだから余裕で10分以上になるのだけど
特に2カット目だった。
それは舞台となる村の全景をとらえたロングショットで、ゆーっくりっとパンしていく。
そこには村の人々の生活があった。子供が遊んでいたり、農作業をしていたり、荷物を運んでいたり・・・
引きの画で大勢の人が写る、いわゆるモブシーンなら映画で何度も見た。でもそういう場面の多くは、写りこむたくさんの人たちが基本的には同じ目的で動いていた。すなわち、みんなで戦うとか、みんなで逃げるとか、みんなで宇宙船を迎えるとか
それに比べて「エレニの旅」のモブシーンが圧巻だったのは、誰一人として同じことをしていないからだった。
これがアニメやCGなら、こだわりの職人が描きこんだ絵としてすごいな~と思うのだが、「エレニの旅」はどう見てもCGではなかった。実際テオ・アンゲロプロスは特殊効果が嫌いな人で、「エレニの旅」終盤のアメリカ行きの客船が出航する場面も、全部小細工なしの本物で撮ってるのだという。
カメラ位置から考えて数百メートル離れている人たちに、普通に生活させているのは、ただ事ではないとおもった。そこに作為があるようには思えなかったが、そんなはずあるわけなく、だからすさまじい衝撃だった。
その2カット目で心をつかまれてからは、映像にひたすら没入した。
劇場につくられた簡易的な集合住宅も、冒頭の村が水没した中で行われる葬式も(オープンセットを水没させるんだぜ)、アメリカ行きを決意した主人公の夫を楽団仲間たちが干された大量のシーツに隠れながら惜別の演奏をするところも
そこには、悲しみに覆われた映像が、とても演出されたとは思えないけどだからといってドキュメンタリーのわけもない抑制された絵の中に収まっていた。
それはメトロポリタン美術館とかで歴史に残る名画を見ているような気分だった。

物語は例によって難解・・・と思ったけど、考えてみたら村でろくでもない奴と結婚させられることになった女が好きな男と逃げて、その男はアメリカに行き、残された二人の子供は戦争で死ぬという、そういう話だ。
脚本をテオゲロとともに書いているのは、イタリア人のトニーノ・グエッラという人で、この人なかなかの曲者で、他にアントニオーニやタルコフスキーの映画で脚本を書いている。世の難解な映画の大半は彼が作っているのではないかと疑う。

「エレニの旅」はもともと三部作の第一部として作られた。ギリシャの女性の苦難を描く三部作とのことで、二作目は日本では2014年に公開された「エレニの帰郷」だ。こちらも素晴らしい映画で物語は「旅」よりもっとファンタジックになってワンカットの中で時代がどんどん変わっていくのが圧巻だった(テオゲロの「ユリシーズの瞳」で実施済みのストーリーテリングだが)
そして三部作の三作目を撮影中にテオ・アンゲロプロスは亡くなった。オープンセットを歩いていたらバイクにひかれたのだという。誰かが意志を継いで完成させることはなかった。当然だろう。テオ・アンゲロプロスの代わりが務まるものなど映画史をさかのぼっても居はしまい。


たしか黒澤明の選ぶ映画100本という本の中で、黒澤はテオ・アンゲロプロスの「旅芸人の記録」を紹介していた。
その中で、ある映画祭でアンゲロプロスが黒澤に近づいてきて、その当時人気のあったあるアメリカ映画のことを好きか?と聞いてきたので、黒澤は正直にあまり好きじゃないと言うと、アンゲロプロスは「私もだ」と言って、それで仲良くなったみたいなことが書かれていた。
たぶん1980年ごろのことではないかと思うが、いったい黒澤とアンゲロプロスは誰のなんて映画の悪口で盛り上がったのだろうか?その本に具体的なタイトルは書いていなかった。
まさか「影武者」にお金を出したコッポラやルーカスの映画ではないだろうけど。
80年代くらいのアメリカ映画の人気作を見るたびにもしかしてこれかと、思いをはせる。

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さて次回は、1990年代映画からひとつを選んで紹介したいと思います・・・
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