だいぶ前の研修でのある話を今さらながらしていきます。
研修の中で、要約すれば次のような話がありました。「」の部分は研修の内容だと思ってください。
「文法指導では、使用場面を与えてやることが大事だ。」
なるほど、私にとって100%同意できる話であることは疑いようがありません。問題は次から。
「例えばgive A Bとgive B to Aのような2つの形をただ書きかえの指導だけで終わらせていないだろうか。これら2つの形の使用場面の違いを理解させることが重要だ。使用場面が異なるのは、英語が新情報を文末に持ってくる性質があるからだ。だから(1)のような文は非文で、(2)のように言うべきである。
(1)He gave me it.
(2)He gave it to me.
(1)はitという旧情報を最後に持ってきているので(2)が適切な文である。このように考えると、give A Bとgive B to Aの使用場面の違いも理解しやすい。つまり、Bを文末に置くgive A Bでは、例えば友人に何をあげるかを話題にする時に使われる。一方、give B to Aはプレゼントを誰にあげるかを話題にする時に使われる。このような使用場面を生徒に与えて指導してみるとよい。」
さて、この「」の内容には賛成できない点がいくつかあるので、そこにツッコミを入れていきたいと思います。
まず、上の(1)と(2)の例文は適切か、という問題から。例文をもう一度見てみましょう。
(1)He gave me it.
(2)He gave it to me.
さて、旧情報、新情報という観点からすると、itと同じように代名詞であるmeも旧情報といえないのか、という問題が頭を過ります。実際にネイティブスピーカーの中には(1)を問題なく使う人も多いのです。ただし、(2)の方が一般的だと感じる人も多いようです。スコットランド出身のネイティブスピーカーはどちらも問題なく使えると言っていました。アメリカやカナダでは(1)についてイギリスほど容認度が高くない印象ですが、中には容認する話者もいますので、アメリカやカナダでも出身地と関係するのかもしれませんが、現時点ではよくわかりません。とりあえずの結論としては、(2)の方が一般的であるが、(1)についても出身地によっては高い容認度を示します。ただし、次のように代名詞ではなく、固有名詞が使われると、容認度は一気に下がります。
(3)He gave Mary it.
これは代名詞を用いた(1)とは異なり、Maryが明らかに新情報なので、itよりも後にきた方がよいから、というのが理由です。とにかく、情報の新旧という観点からは(1)や(2)のような例を出すのはふさわしくないでしょう。
もうひとつ、上記の発言で引っ掛かったのは、give A Bとgive B to Aの場面設定についてです。使用場面を考えることは確かに重要なのですが、これらの2つの形に関していえば、その違いはかなり微妙です。実際の会話の中では、これらの2つの形についてはあまり区別されずに使われていることも多いようです。実際の使用場面をみてもネイティブスピーカーでさえ従っていない違いについて生徒がどれだけ意識する必要があるでしょうか。もちろん、例えば受動態と能動態の使用場面の違い、それぞれの助動詞の使用場面の違いについて学ぶことは有益であることに疑いはありませんが、今回のgiveについてはそれほど神経質になる必要はないでしょう。それよりも私が重要だと思うのは、Celce-Murcia&Larsen-Freeman(1999;378)も下の例文を用いて述べているように、統語(つまりgive A Bとgive B to Aといった文の語順)によってではなく、音韻論的手段でも違いを示すことができる点ではないでしょうか。
(4)Pass the salt to me.(the salt にストレスを置くことで例えば「胡椒じゃなくて塩ね」という意味を表せる)
(5)Pass me the salt.(meにストレスを置くことで「ロジャーにじゃなくて私にだよ」という意味を表せる)
上記の文献では短い記述しかありませんが、こういった音韻論に関する指導は非常に重要です。実際に、多くの会話ではgive A Bとgive B to Aのような場合、統語的差異よりも、音韻論的手段の方が優先されてます。
こう考えると、統語的差異ばかりが強調され、その差異で使用場面がかなり厳密に限定されるように思わせるが、実際にはその他の(例えば音韻論的手段など)要素の方が大事で、しかも会話に全く支障のない問題、さらに使用の面からみてそれほど厳密に守られているとはいいがたいことを敢えて指導する必要はないと思います。もちろん、教員になるなら知っておくべきだと思いますが。
つまるところ、高校生ならせいぜい「英語では文末になるべく新しい情報を置きたがるから、give A Bでは何をあげるかに、give B to Aでは誰にあげるかに話題の重点が置かれているように感じることが多いよ」くらいの指導で十分ではないでしょうか。
【参考文献】
Celece-Murcia, M,&Larsen-Freeman, D.(1999). The Grammer Book An ESL/EFL Teacher's Course 2nd edition. Heinle&Heinle.
研修の中で、要約すれば次のような話がありました。「」の部分は研修の内容だと思ってください。
「文法指導では、使用場面を与えてやることが大事だ。」
なるほど、私にとって100%同意できる話であることは疑いようがありません。問題は次から。
「例えばgive A Bとgive B to Aのような2つの形をただ書きかえの指導だけで終わらせていないだろうか。これら2つの形の使用場面の違いを理解させることが重要だ。使用場面が異なるのは、英語が新情報を文末に持ってくる性質があるからだ。だから(1)のような文は非文で、(2)のように言うべきである。
(1)He gave me it.
(2)He gave it to me.
(1)はitという旧情報を最後に持ってきているので(2)が適切な文である。このように考えると、give A Bとgive B to Aの使用場面の違いも理解しやすい。つまり、Bを文末に置くgive A Bでは、例えば友人に何をあげるかを話題にする時に使われる。一方、give B to Aはプレゼントを誰にあげるかを話題にする時に使われる。このような使用場面を生徒に与えて指導してみるとよい。」
さて、この「」の内容には賛成できない点がいくつかあるので、そこにツッコミを入れていきたいと思います。
まず、上の(1)と(2)の例文は適切か、という問題から。例文をもう一度見てみましょう。
(1)He gave me it.
(2)He gave it to me.
さて、旧情報、新情報という観点からすると、itと同じように代名詞であるmeも旧情報といえないのか、という問題が頭を過ります。実際にネイティブスピーカーの中には(1)を問題なく使う人も多いのです。ただし、(2)の方が一般的だと感じる人も多いようです。スコットランド出身のネイティブスピーカーはどちらも問題なく使えると言っていました。アメリカやカナダでは(1)についてイギリスほど容認度が高くない印象ですが、中には容認する話者もいますので、アメリカやカナダでも出身地と関係するのかもしれませんが、現時点ではよくわかりません。とりあえずの結論としては、(2)の方が一般的であるが、(1)についても出身地によっては高い容認度を示します。ただし、次のように代名詞ではなく、固有名詞が使われると、容認度は一気に下がります。
(3)He gave Mary it.
これは代名詞を用いた(1)とは異なり、Maryが明らかに新情報なので、itよりも後にきた方がよいから、というのが理由です。とにかく、情報の新旧という観点からは(1)や(2)のような例を出すのはふさわしくないでしょう。
もうひとつ、上記の発言で引っ掛かったのは、give A Bとgive B to Aの場面設定についてです。使用場面を考えることは確かに重要なのですが、これらの2つの形に関していえば、その違いはかなり微妙です。実際の会話の中では、これらの2つの形についてはあまり区別されずに使われていることも多いようです。実際の使用場面をみてもネイティブスピーカーでさえ従っていない違いについて生徒がどれだけ意識する必要があるでしょうか。もちろん、例えば受動態と能動態の使用場面の違い、それぞれの助動詞の使用場面の違いについて学ぶことは有益であることに疑いはありませんが、今回のgiveについてはそれほど神経質になる必要はないでしょう。それよりも私が重要だと思うのは、Celce-Murcia&Larsen-Freeman(1999;378)も下の例文を用いて述べているように、統語(つまりgive A Bとgive B to Aといった文の語順)によってではなく、音韻論的手段でも違いを示すことができる点ではないでしょうか。
(4)Pass the salt to me.(the salt にストレスを置くことで例えば「胡椒じゃなくて塩ね」という意味を表せる)
(5)Pass me the salt.(meにストレスを置くことで「ロジャーにじゃなくて私にだよ」という意味を表せる)
上記の文献では短い記述しかありませんが、こういった音韻論に関する指導は非常に重要です。実際に、多くの会話ではgive A Bとgive B to Aのような場合、統語的差異よりも、音韻論的手段の方が優先されてます。
こう考えると、統語的差異ばかりが強調され、その差異で使用場面がかなり厳密に限定されるように思わせるが、実際にはその他の(例えば音韻論的手段など)要素の方が大事で、しかも会話に全く支障のない問題、さらに使用の面からみてそれほど厳密に守られているとはいいがたいことを敢えて指導する必要はないと思います。もちろん、教員になるなら知っておくべきだと思いますが。
つまるところ、高校生ならせいぜい「英語では文末になるべく新しい情報を置きたがるから、give A Bでは何をあげるかに、give B to Aでは誰にあげるかに話題の重点が置かれているように感じることが多いよ」くらいの指導で十分ではないでしょうか。
【参考文献】
Celece-Murcia, M,&Larsen-Freeman, D.(1999). The Grammer Book An ESL/EFL Teacher's Course 2nd edition. Heinle&Heinle.