英語教師のひとりごつ

英語教育について考える。時々ラーメンについて語ることもある。

口語表現のいろいろ ~映画を字幕なしでみれるのか~

2013-12-30 10:38:49 | 日記
会話ではよく会話独特の表現が好まれます。非常にインフォーマルなものをスラングといったりしますが、あまり学校では指導しません。私はそれほど指導する必要もないと考えていますが、ある程度一般的な口語表現に関しては指導するべきだと思います。たとえば挨拶については以前述べた通りです。

こういった語彙指導の問題で感じるのは、語彙は単独でよりも、ある程度フレーズ(チャンクあるいは他の単語とのつながりやすさを表すコロケーション)でとりあえずその文脈での語法を覚えたほうがよいと思います。別の意味も覚えよう、と欲張っても時間がかかって効率が悪いと思うのです。

そしてもうひとつ、気になるのは「単語を知っている」とはどういうことなのか、という問題です。たとえばNation(2006)によれば、映画シュレックという子供向けの映画ではBNCリストの4000語(Nationはword familyで語彙数をカウントしています)程度で固有名詞も含めて96.74%を占めています。これはハイランクの大学入試レベル以上の学生の語彙力に匹敵するでしょう(ただし、ワードファミリーという考え方を導入すると、ネイティブは同じワードファミリーの語彙を推測できても、日本の学生は慣れていないので推測できないという可能性もあるし、Nationの使っているBNCリストで日本の学生の語彙数を測ると実際にはかなり少なくなるかもしれません。)。ではこの学生はシュレックをみて理解できるかというと話はそんなに単純ではありません。まずリスニングにどれだけ慣れているか、つまりリスニング能力が求められます。また、アメリカの子供の4000語と日本の学生の4000語は同じ語彙数でも、その内容、あるいはひとつひとつの語彙に対する「深さ」みたいなものが少し異なるということも考えられるでしょう。口語表現のボキャブラリーが極端に少ないという可能性もあります。そしてもうひとつ、その語彙のもつ意味はひとつではないので、場合によっては推測が不可能なくらい意味が変わってしまうということです。これらを総合的に考えてみると、以下のようにまとめられます。

1 ある語彙の意味を覚えたとしても、聞いて(あるいは読んで)理解できるとはかぎらない。

2 ネイティブが子供でも覚えていく語彙を日本の学生が知っているわけではない(語彙の質がズレていたり語彙の知識の深さが違う?あるいは口語表現に慣れていない?)。

3 ある語彙の意味はひとつではなく、様々な熟語や定型表現などもあり、それが理解を困難にする場合もある。

語彙を指導する際に、私はこれらのことを念頭に置いて指導しています。ただし先に述べたように、一度に語彙の多様な意味をすべて覚えるのは現実的ではないので、教師は教える語彙のどの意味に焦点を当てるかを明確にして、次はこっちの意味を教えよう、というビジョンを持っておくべきです。先の疑問「単語を知っている」とはどういうことなのか、結論は・・・。またいずれ。ちなみにNationはシュレックを完璧に理解するなら、6000(~7000)ワードファミリーくらいは必要だとしています。これで98%くらいを理解できるそうですが、映画は映像を手がかりに内容を補えるので、小説などのリーディングとは異なりもう少し足りなくても理解できると思います。そもそも何をもって理解したといえるのかも難しいところですが。


さて、話が口語表現から逸れたのですが、上で述べた3について、口語でよく使われる表現(イディオム)を用いながら考えていきます。下の文の意味が理解できるでしょうか。あまりふさわしくないシチュエーションですが、ALTに今日の授業どうするか、と聞かれたとしましょう。

(1)Let's play it by ear.

こんな教師はいないとは思いますが、あくまでも例です。この「play it by ear」はすべて簡単な単語ですが、意味は「その場で考える」という感じです。「improvise」という単語と同じで、もともとは音楽を(耳できいて)即興で演奏する、という意味から、音楽だけでなくいろいろなことにたいして「即興でやる」という使い方をするようになりました。会話ではよく使われますが、それぞれの単語を知っていても類推することは困難です。次の例はどうでしょうか。

(2)I skipped school yesterday.

「skip school」で「学校をサボる」という意味です。同じ意味で、「cut school」や「play hooky」ともいいます。次は、たとえば友人に何度海外旅行に行ったことがあるか質問されたとしましょう。

(3)Off the top of my head, 10 times or more.

この「off the top of my head」は、頭のてっぺんから(すぐ)出てくるのは、といった感じから「すぐに思いつくのは」という意味です。次の文はどうでしょうか。

(4)He sometimes goes nuts.

「go nuts」で「頭がおかしくなる」という意味です。似たような表現で「go ape」というのがありますが、こちらも「興奮する」や「激怒する」あるいは「頭がおかしくなる」みたいに使われます。猿のようになる、ということからきています。ちなみにアメリカでは「go bananas」ともいいます。これもバナナを見た猿のようになる、ということです。このようなイディオムは簡単な語彙の組み合わせでできていますが、意味が推測しにくいと思います。語彙数だけで「これだけ知っているから映画を字幕なしで観れる」とは単純に考えないほうがよいでしょう。日本で英語を勉強する人には、日々の地道な努力が必要で、まずは辞書を片手にFriendsでも観るとかなりの口語表現が学べると思います。


【参考文献】
Nation.I.S.P.(2006). How Large Vocabulary Is Needed For reading and Listening? Canadian Modern Language Review 63,1:p.59-82.

いわゆる同級比較について

2013-12-29 09:09:00 | 日記
前に「学校英文法の再検討」で比較表現を再検討してきましたが、同級比較「as~as」について後回しにしてきました。そこで少し詳しく検討したいと思います。

同級比較は「同じくらい」という日本語で教えてかまわないと思いますが、実際にどのうように使われることが多いのかをしっかり身につけておきたい表現でもあります。

そのために、まず比較に使われる形容詞について、少し不十分だと思いますが、安藤(1985)の枠組みがわかりやすいので紹介したいと思います。安藤によれば、比較で用いられる形容詞は段階性があります。その段階性を持つ形容詞は尺度形容詞と評価形容詞に分かれます。尺度形容詞とはたとえば「年齢」という尺度でold/youngがあり、「背の高さ」という尺度でtall/shortがあるように対をなして、何かの尺度について述べるための形容詞です。それにたいして評価形容詞はwise,stupid,intelligent,happy,beautiful,uglyのように、ある特性について評価を述べるためのものです。区別がつきにくいですが、尺度形容詞は対になっている形容詞の下限を表すほう(youngやshort)は最終的に0に近づいていくものです。一方評価形容詞はそのようなことはありません(たとえばstupidは一応どこまでもおろかになれる)。

尺度形容詞の上限を表すほう(oldやtall)は、日本語でも「高さ」などといえるように、尺度に対して中立的に用いることができる、という性質があります。次の例がその使い方です。

(1)I am as tall as him.(僕は彼と同じくらい背が高い。)

この文では次の2つの解釈が可能です。

①僕も彼も背が高く、その背の高さが同じくらいだ。
②僕と彼は同じ背の高さだ。(これが中立的解釈)

しかし、同級比較の場合、もう片方の尺度形容詞(youngやshort)や評価形容詞には中立的解釈はありません。

(2)John is as young as Mary.(ジョンは(あの若い)メアリーと同じくらい若い。)
(3)She is as beautiful as Mary.(彼女は(あの美人の)メアリーと同じくらい美しい。)


しかし、問題はミントン(2004)が指摘しているとおり、単純な同級比較は、基本的に「あの~と同じくらい・・・なんだぞ」と主語について過小評価してはいけないことを伝えるために用いられる、ということです。つまり(1)の①や、(2)(3)のように使うのが主な役割です。例を挙げましょう。

(4)She is as tall as Sharapova.(彼女は(あの)シャラポワと同じくらい背が高いんだよ。)
(5)The Indian team is as strong as the Australian team.(インドのチームは(あの)オーストラリアのチームと同じくらい強いんだよ。)(綿貫・ピーターセン(2006;p494より)

このようなことを伝えるのですから、同級比較の意味は本来的には「少なくとも同じくらい(at least equal)」(Huddleston&Pullum(2002,p.1100))を表す、というのもうなずけます。ミントンとHuddleston&Pullumは表現こそ違いますが、いいたいことは同じことです。もし、本当に誰かと比べて同じであることを言いたいのなら、たとえばこのようにいいます。

(6)I am the same height as him.(僕は彼と同じ背丈だ。)
(7)We're the same age.(僕らは同い年だ。)

このような表現もぜひ教えるべきだと思います。「同じだ」といったらなんでもかんでも「as ~as」と思ってはいけません。ちなみに、比較級や最上級の表現については、尺度形容詞であれば、上限であろうが下限であろうが、どちらも中立的に用いられる、と思ってよいでしょう。評価形容詞が比較級や最上級で用いられる場合は、安藤(1985)は絶対的な解釈しか認めないとしていますが、柏野(2012)によればどちらを意味するかはあいまいであるようです。


【参考文献】
Huddleston, Rodney & Pullum, Geoffrey K. (eds.). (2002). The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge University Press.
安藤貞雄.(1985).『続・英語教師の文法研究』.大修館書店.
柏野健次.(2012).『英語語法詳解 英語語法学の確立へ向けて』.三省堂.
T.D.ミントン.(2004).『ここがおかしい日本人の英文法?』.研究社.
綿貫陽・マーク ピーターセン.(2007).『表現のための実践ロイヤル英文法』.旺文社.


失礼にならない英語 ~英語のポライトネス~

2013-12-29 01:00:52 | 日記
生徒にはまず、自分の言いたいことが伝われば合格点だ、という話をしています。しかし、場面に合わせてなるべく失礼にあたらない表現を選ぶ練習をする必要はあると思います。さまざまな場面に合わせて、どれが失礼にあたらないかという判断は、日本人が日本語で話していても難しいので、それほど神経質にはなる必要はないですが、漠然と場面が設定されないまま、「英語にも丁寧な表現があるんだぞ。」とどや顔で生徒に話したところで、あまり生産的ではないように思うのです。

そもそも日本語には、使える使えないに関わらず、敬語が存在するため、語彙自体に丁寧さが含まれていることが多く、丁寧に伝えることは比較的わかりやすい(が、敬語を習得するのは難しいのも事実)ですが、英語での丁寧な言い方は、相手に対する配慮を(日本語よりも)意識する、という意味で、少し異なる面があります。これに関しては詳しく立ち入りませんが、ポライトネスという用語は、ただ丁寧な言い方を問題にしているわけではないことは知っておくべきだと思います。

法的過去形式はまさにポライトネスに関する宝の山なのですが、それは別の機会に検討することにします。

ポライトネスの理論的なことはパイオニアであるLeech(1983)などにまかせて、今回はポライトネスにかかわる語法の問題について取り上げたいと思います。


ポライトネスの問題でいえば、よくカン違いされているのがhad betterだと思います。これはSwan(2005)やCarter at al.(2011)をまとめると、次のような意味になります。

「(差し迫った状況下で)~したほうがいい(そうしないとまずい状況になる)」


訳語の問題よりも語法の指導が重要です。had betterはshouldと異なり、「差し迫った」状況下で用いられるのが一般的なので、Carter at al.(2011)によれば「一般的に~すべきだ」という場合には向いていません。

(1)?You'd better eat breakfast every day.(shouldにすれば正しい文)

さて、had betterは、Iやweも主語にとりますが、この場合は自分(たち)に言い聞かせるような意味合いになります。

(2)It's seven o'clock. I'd better put the meat in the oven.(7時だ。オーブンに肉をいれなきゃ!)(Swan,2005より)

さて、問題はyouを主語にとる場合です。多くの文法書では、自分(たち)以外が主語だと、かなり上から目線の発言になる、と説明しています。これは本当でしょうか。ここで問題となるのは、had betterのもつ「(a)差し迫った状況下、で(b)そうしないとまずい状況になる」だと思います。特に差し迫っていない状況でhad betterを使うと失礼になるでしょう。たとえば川村(2006)による次の例です。あなたは京都出身で、友人からお勧めのスポットを尋ねられました。さて、あなたはどちらを使うでしょうか。

①You had better visit Kinkakuji and Kiyomizudera.
②You should visit Kinkakuji and Kiyomizudera.
③どちらも間違い

川村(2006)によれば、ほとんどのネイティブは②を使います。しかし、ここで問題なのは上の(a)と(b)です。その証拠に、次の柏野(2010)の例を見てみましょう。あなたは友人に、バスがきているから急ぐように言わないと、友人はバスに乗り遅れてしまいます。

(3)Your bus is just about to leave, you'd better hurry.(バスが出発しそうだよ!急がなきゃ!)

これは同じ友人への発言ですが、正しい使い方です。つまり上から目線かどうかは場面や文脈によって決まる問題だということです。たとえばミントン(2007)によれば、自分の上司が風邪をひいていて、病院に行ったほうがいいと言う場合、こう言っても失礼にはなりません。

(4)I think you'd better see the doctor.(医者に診てもらったうがいいと思いますよ。)(例文はミントン(2007)より)

ミントン(2007)によれば、これは相手への気遣いを表した、丁寧な言い方です。had betterのもつ(a)や(b)の意味が、相手へ「早く医者へ行かないとまずいですよ!」という気遣いを含意しています。ちなみにhad betterは「maybe」や「I think」をつけることで間接的で、丁寧さが増します。目上の人への発言であれば、より間接的で丁寧な言い方が好まれるでしょう。


もちろんhad betterは多くの文法書に書かれているとおり、命令や脅迫を表すこともできますが、それは場面や文脈から判断できます。ミントンによれば、相手に選択の自由を与えない場合や、理不尽なことをするよう求める場合にこういった脅しの意味になります(p.192ー3)。

(5)You'd better help me. If you don't, there'll be trouble.(僕を助けたほうがいいよ。もし助けなかったら、大変なことになるよ。)(Swan,2005より)

確かにhad betterのもつ「差し迫った」感じや「さもないとまずい状況になる」というのは、脅しに使える切迫感があるので、そのような場面で好んで使われることは確かです。ほかにも次のような例があります。

(6)Shall I put my clothes away? ――You'd better!(私の服、片づけましょうか?――そうしなさい(さもないと・・・)!)(Swan,2005より)

しかしこれはhad betterが悪い(?)のではなく、had betterの意味を利用して脅しを表している、いわば語用論的な使い方です。すでに見てきたように、実際に状況が(a)や(b)を満たしているなら、友人や先輩に向けて言っても失礼にはなりません。大事なのはhad betterを使うときは「(a)差し迫った状況で、(b)そうしないとまずい状況になる」場合だということ。これらを大なり小なり満たしていることが大事です。相手に「選択の自由」がどの程度与えられているか、というのもポライトネスにおいては重要ですが、これはhad betterに限ったことではありませんね。気をつけたいところです。

ちなみにhad betterは、インフォーマルな場面ではbetterだけで用いられます。

(7)You better go now.(もういったほうがいいよ。)(Swan,2005より)

また、まれにhad bestという言い方もしますが、Carter at al.(2011)によれば、これはhad betterより間接的な言い方です。また、ここまで説明してもhad betterが使いにくい人は、be better offという表現を使いましょう。これはさらに間接的な提案で使われます。had betterのもつ「さもないと~」ではなく、「そうすればその人(主語)にいいことがあると(話者が)思っている」ことに使われます。

(8)If you've got bags, you're better off taking a taxi.(バッグがあるなら、タクシーに乗るのがいいんじゃないかな。)


説明されると難しいですが、実際に使うときには慣れていけばいいだけです。まぁ、日本に住んでいるとそれが難しいのですが。さぁ、太鼓の達人やろっと。


【参考文献】
Carter R. McCarthy M. Mark G. and O'Keeffe A.(2011). English Grammer today. Cambridge.
Leech G.(1983). Principle of Pragmatics. Longman.
Swan M.(2005). Practical English Usage. Oxford.
柏野健次.(2010).『英語語法レファレンス』.三省堂.
川村晶彦.(2006).『日本人英語のカン違い ネイティブ100人の結論』.旺文社.
ミントン T.D.(2007).『日本人の英文法 完全治療クリニック』.アルク.


層雲峡 朝陽亭

2013-12-26 16:14:09 | 旅行
今日は朝陽亭に泊まりにきました。浴場が3つもあり、かなり楽しめます。2階の風呂が特にお勧めです。

そして部屋もキレイに改装されているので、落ちつけます。私は洋モダンの部屋に泊まりました。

夕食はバイキングでしたが、一品一品質が高く、大満足でした。



朝陽リゾートホテルも一度泊まったことがありますが、どちらにも良さがあって、甲乙つけがたいですね。