ジャーナリスト活動記録・佐々木奎一

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波平の声優・永井一郎逝く、ツイッター1位

2014年02月21日 | Weblog

 平成二十六年二月三日、auのニュースサイト EZニュースフラッシュ増刊号
 
「朝刊ピックアップ」で記事 
 
「波平の声優・永井一郎逝く、ツイッター1位」
 
を企画、取材、執筆しました。

 

 1日付の朝日新聞朝刊に「1位 つぶやかれました! 永井一郎さん死去、惜しむ声やまず」という記事がある。それによると、朝日新聞デジタル版の「ツイッターつぶやきランキング」で、アニメ「サザエさん」の磯野波平の声優で有名な永井一郎氏(82)が1月27日に亡くなった記事のツイートが1位だったという。ツイートには「好きな役があり過ぎて挙げられない」「どうして今日は4月1日じゃないんだ…。あなたの声が大好きでした」といった声が相次いだという。

 ちなみに永井氏は声優業だけではなく、日本の教育にモノも申していた。永井氏の著書「波平、ニッポンを叱る バカモン!」(新潮社刊)には、教育についてこう記されている。

 「自由な教育という観念は、現実の中で徐々に放縦にすり変わっていった。しつけより自由の方が人間にとって大切だと信じられていたからである。少し厳しくしつけようとしたら、『封建主義!』なんて罵声がとんだ。その中で育ったのがいまの親たちである。(略)その上、核家族化が定着してしまっ。年寄りを遠ざけたものだから、子どもをどう扱っていいかわからなくなったのは当然である」

 「いままでの教育理念がすべて失敗してきたにもかかわず、懲りもせずつぎつぎと新しい教育理念が打ち出されている。いわく、ゆとりの教育。いわく、個性を伸ばす教育。いわく、生きる力。ゆとりの教育なんて受験制度を根本的に帰るか、学校全体が進学教育をあきらめる以外、絶対成立しないのだ。おためごかしのお題目でごまかさないでもらいたい。(略)個性を伸ばす教育だって?どうするの。なにか個性をのばす方法があるの。断言しておく。そんな方法なんかありはしない。個性を伸ばすなんてお題目は、教育の荒廃からめをそらすためのごまかしにすぎない。(略)教室が崩壊しはじめたいまこそ、教育の本質に立ち返ろう。(略)いい人間をつくりさえすればいいのだ。少なくとも常識をわきまえた人間をつくろう。戦後五十年で日本は確実にだめになった。じじばばたちがだめで、親たちがだめになったからだ。まず立派な親たちをつくらなければならない」

 「みんな平等ということはみんなが同じ能力ということではない。平等とは線引きしないで同じに扱う、ということだ。(略)線引きを導入する。それがいじめに発展するのだ」

 「予言しておこう。『ゆとりの教育』はかならずなまけ者を量産する。『自主性の尊重』は『勝手気まま』を助長するだけだ。『ゆとりの教育』のつぎになにをもって来るつもりか。一転『教育勅語』か。なにをもってきても失敗に終わるだろう。文部省が教育の本質を見ていないからだ」

 「学校教育の本質は子どもを『良き社会人』に育てることである。(略)校長たちは読み書き算数が教育と思っている。もちろん、読み書き算数も教育である。しかし、それが目的であってはならない。読み書き算数を教えることをとおして『良き社会人』を育てなければならないのだ。(略)『良き社会人』とは分をわきまえた人間のことである。分別のある人間のことである」

 「プロとは専門の技術や能力を駆使して収入を得る人たちのこと。うかつなことに、私はそう思っていた。プロとはそんな半端なものではなかった。プロとは、責任をもって仕事を全うする人たちのことだ。(略)学級崩壊するのはプロがいないせいだ。まず母親。自分ではまったく気づいていないようだが、そもそも母親が母親でない。子どもの育てかたがわからない。しつけのしかたもわからない。そして先生方。放置され甘やかされてきた狼少年をどう扱っていいのかわからない。校長は責任の取り方を知らない。子どもを取りまく環境にプロかいなくなってしまったのだ。(略)一人ひとりが、(略)まず、プロになることを心がけよう。世の中は劇的に変化するはずである」

 こうした波平の言葉は、文科省の唱えるお題目よりよっぽど耳を傾ける価値があるのではないか?(佐々木奎一)


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