愛する亡き妻と娘の無念を、晴らせたかどうかは若干の疑問が残る所では有るが、夫で有り、父で有る、本村氏の本懐の『敵討ち』は果たす事が出来る訳だ。
『山口県光市で主婦と幼い娘を殺害した罪に問われた当時18歳の元少年、大月孝行(旧姓:福田)の死刑が確定する事に付いて、遺族の本村洋氏が記者会見し、被告に対し、「罪は償わなければならず、判決を受け止めて欲しい」等と述べた。この中で本村氏は、「死刑が確定する事に付いては大変満足しているが、決して嬉しいとか、喜びの感情は無い。厳粛な気持ちで受け止めなければいけないと思っている」と述べた。その上で被告の大月孝行に対して、「彼にとっては残念かも知れないが、罪はきっちりと償わなければならない。判決を受け止めて欲しい」と話した。又、これ迄の13年間を振り返って、「この事件は、司法制度の変化や裁判への関心の高まり等、色々な事に影響を与えて来た。妻と娘を守ってあげる事が出来なかった、私の数少ない罪滅ぼしの1つとして2人に報告したい」と、時折、言葉を詰まらせながら述べた。最後に本村氏は、「死刑判決に勝者は無く、犯罪が起こった時点で、皆、敗者です。自分の人生を絶たれてしまう様な被害者がいなくなる事を切に願います」と話していた。』
11ヶ月かぁ。個人差は有るだろうけれど、普通だったら二足歩行をして、脳のニューロンがガシガシ接続されて、アレコレ色んな悪戯やらを始める時期だな。
母親と違って、外でゼニを稼いで来なければならない父親としては、一日に数時間しか過ごせない愛娘との時間は、煩わしいし、面倒臭い部分も有ったかとは思うが、日毎に成長する娘と過ごす時は大変に愉しい物だったのに違いない。
本当だったらば、妻と娘の仇討ちは、是非とも我が手で行いたかっただろうし、今でもその気持ちに変わりは無いと思う。
取り乱す事無く、淡々と要点のみを述べる姿には、発祥の地で有りながら廃れてしまったと思われる古式ゆかしい侍の魂を感じた。
13年前に何事も起こらなければ、今頃は、生意気盛りの長女を筆頭に、下の子供も出来、やかましいながらも、楽しい日々を過ごしていただろうに。
大月に13階段を登らせる迄は、死んでも死に切れんだろう。本村氏は。
現代にも、やはりサムライはいるんだわ。
本村氏の戦いは、今後もまだまだ続いていくんだろうねぇ。
11ヶ月の乳児を床に叩き付け、挙句の果てに首を紐で締めて殺した大月と言うか、福田の罪は万死に値する。
みんすが政権を握っている間の、死刑執行第一号を望むんだがねぇ。
やらなきゃ、みんすはやっぱ駄目だなぁって事でいいんじゃね?
新法務大臣も口先ばっかで、未だに執行命令書に判子を押していないんだしさぁ。
一体、何時になったら判子を押すんだ?
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