読書の記録

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特務艦「宗谷」の昭和史

2009年08月24日 | 歴史・考古学

 特務艦「宗谷」の昭和史…大野芳

 数奇な運命を背負った船というのは案外に多い。巨大な輸送設備だし、けっこう寿命も長いから、時間軸空間軸ともに伸び、しかも船というのは大自然も相手にすれば、人間の大事業も担うということで、ドラマの下地が非常に広い。多くの人間模様が展開され、それを黙して語らずただ任務を遂行し、その生涯を全うする。

 太平洋戦争を生き残り、戦後は台湾に渡った駆逐艦「雪風」や、戦後に水爆実験の対象にされた戦艦「長門」なんかは有名なところだと思う。商船では「氷川丸」とか「興安丸」あたりは、そのまま昭和史の象徴とも言える。洞爺丸台風で九死に一生を得て生き残った「大雪丸」は、日本での役務を終えたあとなんとパレスチナ解放機構に借り出され、最後はクロアチア紛争で空爆を受けて沈没した。


 「宗谷」といえば南極観測船。というのが大方の見解だろうが、40年間の歴史の中で、南極観測に携わったのは、実は5年程度であった。戦時中は特務艦として、南はミッドウェーやトラック環礁、北は千島列島のほうまで駆け巡り、戦後は引き揚げ船から灯台補給船からと八面六腑の大活躍なのであった。
 本書は、その「宗谷」の一生を、関係者の覚書や証言を元に追いかけている。著者のホームグラウンドとはいえ、これだけの資料によくも当たれるものだとも感服するが、それ以上に、よくもまあ、こんなことまで記録に残ってるもんだ、と関心する。昔の人はこまめに記録をつけているものだ(今のブログみたいなものか?)。

 前半を主に戦時中の特務、後半を南極観測の顛末について割いている。戦時中は僚船が次々と連合軍によって沈められていくのに、「宗谷」の場合、特務艦ゆえの単独行動が、結果的に敵の攻撃にさほど会わず、無事に終戦をむかえている。それでもかなりの幸運のめぐり合わせはあったようで、一度は魚雷を受けながら、それが不発弾だったゆえに事なきを得ている。ここで沈んでいれば、後の南極観測の話はまただいぶ違ったものになっただろう。そして、8月15日過ぎてなお、南下を続けるソ連軍のいる樺太からの引き揚げを担う。この部分も見逃せない。実際、この混乱期の樺太での民間人の犠牲は、満州のそれほど多く語られないがかなりすさまじく、引揚船と言うよりは、脱出船としての様相を呈す。

 それにしても前半の舞台が「戦争」という本来ならば忌避すべきものなのに、そこに現れるドラマがとても生き生きし、人間のしぶとさというか生きていくという意思の美しさに溢れるのに、後半の南極観測が、功名心に駆られた学者連中の醜態とさえ言えそうな足の引っ張り合いなのは、どうしたことか(特に南極観測の功労者として有名な永田武の手段を選ばない独裁ぶりはなかなか笑える)。


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