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2034米中戦争(ネタバレ)

2021年11月27日 | SF小説

2034米中戦争(ネタバレ)

エリオット・アッカーマン ジェイムズ・スタヴリディス 訳:熊谷千寿
二見書房

 GDPがアメリカを抜いて世界一になるのは時間の問題。台湾再統合も既定路線、科学技術開発力は完全に欧米を凌駕し、最後に狙うのは元(Yuan)の世界基軸通貨化。中国の覇権国家化は不気味かつ約束された未来とも言われている。
 とはいえ、アメリカもそうやすやすと王座を渡すわけがない。西側諸国(日本も含む)の期待もかかっている。

 7年ほど前に出た「100年予測」という本では、その地政学的な性格から、21世紀において台頭するのは、日本とトルコとポーランドであり、ロシアと中国は内部から瓦解していくとされていた。しかし果たしてどうだろうか。ロシアや中国の内部瓦解は「社会主義の国」は持続可能性を持たずどこかで破綻する、というシナリオからきているのだが、これはある意味「民主主義国」側の希望的観測であるとも言える。実態としての中国は市場主義社会主義国としてある種の完成系に至ろうとしているのかもしれない。先ごろ行われた中国共産党の重要会議「六中全会」での歴史決議では、習近平の存在をレーニン以降の社会主義進化史に位置付けるという見方もある。

 というわけで、米中の対立は、まさに新「冷戦」状態である。先のバイデン・習のオンライン会談では、探り合いのような会話をしつつ、米中のあいだには「ガードレール」があってむやみにこれを超えようとしないということをバイデンが念押し発言した。
 現時点での中国の最適解は「グレーゾーン」の状態を保つことにあるとされる。南沙諸島にも尖閣にもちょっかい出しつつ、香港や台湾をけん制しつつ、一帯一路を開拓しつつ、あちこちに人や資源をちりばめておいて、西欧諸国との露骨な衝突は避けながらエンジンを温めておくのだ。各国において北京五輪の出場はまさに踏み絵となった。アメリカがどう出るかでシナリオは変わってくる。

 そんなこんなで緊張感を少しずつ高めながら、2032年についに南沙諸島沖のちょっとしたことから米中戦争が勃発するというのが本小説である。盧溝橋事件もサラエボの銃声も、大戦勃発の実際の引き金は局所的な事件であることが多い。問題は、その背景に溜まりまくったマグマがあったからこそ、泥沼の大戦へとシフトする。そういう意味では「引き金」となる事件は南沙諸島沖である必要はない。台湾でも尖閣諸島でもよい。アメリカの太平洋第七艦隊と接点があるところが可能性高しと言えようか。

 この小説では仕掛けたのは中国側であり、その切り札はアメリカ側の通信機能をすべて無効化するというテクノロジーであった。裏を返せばあと10年もすれば中国はそのような技術を手にするロードマップにあるという著者の見立てである。ただし本小説ではいかなる技術でそれを可能にしたのかまでは触れられていない。軍事衛星からのジャミングなのか、海底ケーブルへの干渉なのかもわからないが、アメリカ側にはこれと同等ないし対抗するための技術がないため、アメリカはいいように翻弄されてしまう。アメリカとしては伝家の宝刀である核攻撃による報復しか選択肢がなくなる。そこに地政学上のイラン、ロシア、そしてインドが出てきて・・・・という風にこの戦争は展開していく。

 この米中戦争は、まさにゲーム理論のような、限定合理性が呼ぶ誤謬が誤謬を重ね、よもや第三次世界大戦に至るのではという犠牲の上で遂には痛み分けで調停となるのだが、とにもかくにも日本は存在感がない。太平洋艦隊の拠点として地名としての横須賀が出てくるくらいで、日本そのものはプレイヤーとして一切出てこない。中国もはなから相手にしていない。
 世界情勢をはかるとき、日本人は日本から世界をみるのでわかりにくいのだが、実は日本の存在感なんてこんなもんなんだなと改めて思う。退役軍人であり軍事アナリストであるジェイムズ・スタヴリディスが米中戦争のシミュレーションをそれなりの根拠と現実感をもって描こうとすると、2030年頃の日本の存在感はこうなるのだ。まあ、見えないところでアメリカに武器輸送や人員供給はしているのだろうが、ディシジョンメイキングとしてはまるっきりお呼びでないというのが興味深い。むしろキャスティングボードを握るのはこの時代においてはインドなのだ、というのが本書のメッセージである。

 とはいえ、まあ下手に核爆弾や大規模サイバー攻撃などされても嫌だし、それならそれで存在感低いままのほうがいいかもという気もしなくはない。ただ、むしろ怖いのはこういうときにズルい動きをするロシアだ。本小説ではプーチンがまだ生きていて、漁夫の利を得ようとポーランドやイランにむけて動き出す。過去の歴史からみてなるほどと思うが、ということはこれ北海道にむかったとしてもおかしくはないのだよな。くわばらくわばら。


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