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1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド、ビル・キャンベルの成功の教え

2020年01月22日 | ビジネス本

1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド、ビル・キャンベルの成功の教え

ジョナサン・ローゼンバーグ アラン・イーグル 訳:櫻井祐子
ダイヤモンド社

 2016年に行われたビル・キャンベルの追悼式には、ティム・クック(AppleのCEO)とラリー・ペイジ(Google創業者)とジョフ・ベゾス(Amazon創業者)とマーク・ザッハーバーグ(FACEBOOK創業者)が参列したのだそうだ。彼こそはスティーブ・ジョブズ(Apple創業者)とエリック・シュミット(GoogleのCEO)のメンターであった。さらにはディック・コスト(TwitterのCEO)、ジョン・ドナホー(eBayのCEO)も指導を受けている。鼻血もんである。ここに上がっていない名前といえばビル・ゲイツくらいだ。

 この本は、これらシリコンバレーの超大物列伝と言いたくなるような成功者を「メンター」「コーチ」としてなんと無償で支えた人物ビル・キャンベルのことを書いた本である。といってもビル・キャンベル自身を直接取材しているわけではない。彼が亡くなった後に企画された本だ。したがって、いろいろな人の証言と編集で成り立っている。

 そういう経緯の本なので、生前のビル・キャンベルが実際に何を考え、どういうつもりでこれらの人々にリーダーシップやメンタリングやコーチングをしてきたのかはわからない。本書でとりあげられているのは彼の薫陶を受けた人々の証言や状況証拠といった断片の数々である。

 

 それらの行間から読みとれるのは、ビル・キャンベルは、ジョブズやペイジといった彼らの仕事の「中身」、ビジネスそのものについてはとくに頓着しなかったということだ。そりゃそうだろう。AppleとGoogleのトップに同時に関わるんだから。

 要するに、彼はどこまでも「人」を観ていたということだ。その人の仕事の中身を判断・判定しているのではなく、その人そのものをモチベートし、叱咤激励してきたということである。

 「人」をみる、というのは当たり前のようで、多くの管理職やマネージャーは案外にそうではないと思う。マネージャーは通常はその人の「仕事の中身」をみるのであって「人」そのものは二の次である。その本質は「赤い猫でも白い猫でもネズミをとるのがいい猫だ」というやつである。

 しかし、これは別の本で読んだものだが、とある外資企業の有能なボスが部下を「タスクベース」ではなくて「ヒューマンベース」でアサインし、指導し、評価していたという。そのことに部下になった日本人の社員がたいそう目ウロコだったというエピソードだ。これは普段の我々が「タスクベース」でアサインされ、評価されているということの裏返しである。

 「ヒューマンベース」というのは、実際のところはなかなか困難に思う。人事や査定というのは、どんな人が担当しても一定以上のクオリティが出ることを求めるし、そのように社員を教育し、人事異動の計画も立てていく。要するに「タスクベース」なのである。一般的なマネジメントにおいて、担当者が変わったからといってクオリティが変動したり、特徴が変容することを許容することはなかなか無い。

 

 したがって、ビル・キャンベルのようなメンターがいてくれること、あるいはビル・キャンベルのようにマネジメントすることというのは、理想であってもなかなか難しいなと思うわけだが、はたと気づいた。

 それは、ビル・キャンベルというのは、日本においては「新宿の母」なんかがそれに近いのかもしれないということである。これも別の本で読んだことだが、超優秀な占い師のところには有名な企業の社長や大物の政治家が通ってくるのだそうだ。常連もいるという。それはその占い師の言うことにはそれなりに彼らにとって有効であるということを意味する。占い師がいちいち彼らのビジネスの中身や政治の内容にコミットしているはずはないから、その占い師は目の前の「人」を見て、彼らの決断を支えたり、何かしら考えるヒントを与えているのだ。大物が集う銀座の高級クラブの「ママ」も同様なのであろう。

 本書によると、ビル・キャンベルも、彼自らがジョブズやシュミットに代わって何かを決断したわけではない。彼はコンサルタントでも参謀でもなく、コーチなのである。新宿の母であり、銀座のママなのだ。

 つまり、人の上にたつもの、中間管理職であれ、チームリーダーであれ、その組織を成功させるためには組織メンバーひとりひとりの「新宿の母」になれ、ということだ。なるほどなあ。


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