読書の記録

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私の好きな曲

2008年02月18日 | クラシック音楽

私の好きな曲----吉田秀和----文庫本

 かつて新潮社から出ていたように思うのだが、ここにきてちくまから文庫本化。著者、吉田秀和は、日本のクラシック音楽批評界の超がつく大御所。もう90才を越えている。本書はその吉田秀和が、おそらくもっとも文章がのっていた頃で、インテリの極み、今日びこんな文章をかける人は、もはや時代や状況や価値観からありえないとさえ思える。逆に言えば、時代と状況が彼という人材を送り出したわけであり、吉田秀和の文章は、戦前戦中の上流家庭(成城)に育ち、当時の東大仏文に進み、昭和30年代に外遊し、当時の価値観で外国人の奥さんを迎えたというベースがあってこそ成立しているということだ。

 それがよくわかるのが「ストラヴィンスキー」と「フォーレ」の項だ。おそらく、吉田秀和空前絶後の私小説とも言ってよいほどのエピソードに彩られており、「ソロモンの歌」で中原中也について語っているエッセイとあわせて、彼の精神土壌が何であるかを明らかにする。特に、空襲による被害を避けるためにフォーレのレコードを庭の土中に埋め、戦後それを掘り出して聞き返すあたりは、小説の最終章を彷彿させる感動がある。

 吉田秀和の本性はかなり激情型なのだ。だが、その激情をかなりハイレベルにコントロールしているのが彼の類まれなる教養とたしなみだ。彼の秘める熱い思いの高さは、宇野功芳さえ凌いでいると個人的には直観しているが、それをストレートにぶつけず、やんわりと文章にしてしまうおそるべき自己コントロール力があり、この点で彼に匹敵している音楽評論家は見当たらない。


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