読書の記録

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神去なあなあ日常 (ネタバレなし)

2018年03月18日 | 小説・文芸

神去なあなあ日常 (ネタバレなし)

三浦しをん
徳間書店


 小学生の娘が林業というものに興味を持ち出し、そういや林業を題材にした映画化もされた小説があったなというので、娘の春休み読書用に買ってみた。それでまずは私が読んでみた。

 

 林業というものが実にながい時間軸を視野にいれて営まれる事業だというのは聞いたことがあった。斜面に植える苗木は孫やひ孫の代に刈ることを目的にする。そしてその未来の大木のための山のメンテナンスに日々繰り出すのである。

 こういう林業という事業の在り方が世界共通のものなのか、日本独自のものなのかはわからないが、日本は森林にめぐまれた国だとはよく指摘されている。日本の森林は、アマゾンやボルネオの熱帯雨林とちがって、人工的に整備されたものがほとんどだ。これは驚くべきことで、先に記したように林業とは100年単位200年単位の事業だから、江戸時代明治時代からのDNAが脈々と続いたとみるべきである。

 

 石油や石炭の技術が登場する前、火力の原料は木だった。世界中がそうだ。だから、森林の確保は大課題だった。領土を獲得するとは畢竟森林を獲得することでもあった。しかし、まちづくりや戦争が行われるたびに森林は伐採されていった。もちろん農耕地を広げるためにも森林は拓かれていった。

 ヨーロッパも中国もかつては森林の土地だったが歴史の中でかなり荒廃していったそうである。

 日本の場合は、どういうわけか、森林確保の危機感というかプライオリティが高めだったというか、かなり森林確保には熱心だったようだ。戦国時代も領土が荒れたり戦争で大量の伐採があると、すぐに植林に努めたという。

 山のメンテナンスは、山の治水機能を守ったり、河川や海の浄化作用にまでつながっていく一方、最近は花粉症の原因にもなっていたりする。そして手間暇かかる林業によって搬出される国産木材はとうぜん高コストであり、商売という面では輸入材におされているのも周知の事実だ。

 日本で林業の盛んなところは東北から九州まで随所にあるが、有名なのが三重県和歌山県奈良県を擁する紀伊山地だ。ここは雨が多く、山の持ち主は、かつて一雨三千両といわれていた。この小説も舞台は紀伊山地である。

 

 で、この小説はとってもエンターテイメントなのであって、林業の奥深さ、職業としてのユニークさを全編にちりばめながらも、基本的には横浜のもやしっ子勇気くんが高校卒業と同時に強引に神去村に送り込まれ、村の住民との中で次第に成長していく楽しい楽しいお話である。1年でこんなに成長するかなって思うくらいだが、携帯電話も通じない、テレビのチャンネル数も少ない、同年代もほとんどいない社会で、これくらいしかすることないなら没頭してしまって案外成長するのかもしれない。斜面を登る足元さえおぼつかない勇気くんが、最後はチェーンソーを片手にするようになる。

 面白いのは山を営みにする彼らの風物詩や風俗だ。取材に基づいているのである程度は現実的にこのような側面があるのだろう。山につねに感謝し畏怖する姿勢は、山の神様という形象をとり、祭りという行動となる。ヨソモノからみれば意味わからないもの、気味わるいものもあるし、豪快すぎて笑っちゃうものもある。正しいか正しくないか、よいかわるいかはおいといて、彼らにおいて山と人間は一体であり、村民同士は一蓮托生である。脈々とその歴史が続いている。

 こういった社会はもちろん閉鎖社会である。さいきん、地方移住とかもブームだし、その関係でヨソモノに対しての排他的な事件や事故も芸能ニュース的な話題になっている。神去村でも、各戸の人間事情は村中に筒抜けだし、勇気くんがぼやくように村人の目を避けてデートすることもできない。

 したがってこの小説のテーマは林業の世界とか勇気くんの成長とかもあるが、もうひとつは勇気くんが横浜からのヨソモノとしてこの村に入り、そしてムラ社会の中に向かい入れてもらうまでの物語ともいえる。ムラの登場人物も基本的にはいい人たちばっかりで、妬みや嫉みが醜悪な姿となって現れるようなことはまったくない。それでもムラの一員になるにはいくつかの通過儀礼がある。信頼を獲得するとはそういうことなのだろう。

 

 ところで、小学生の娘のためにと思って買った当小説だけど、さてどうしよう。たいへん面白いのだけど、さすが古来から続く農村社会文化というべきか、まぐわいをめぐる話も出てくるんだよな。(続編の「夜話」はさらにその傾向が強い)。


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