こんばんわ。木蓮です。
今日はゲームクリエイターさんの話題で書きたいと思います。
先月の記事では、わたしが(唯一?)知っているゲームクリエイターさんの中で
「飯野賢治」さんのことを書きましたけれど、
最近、ゲームアナリストの『平林久和』さんの公式ブログの記事が
すごく印象的で、ちょくちょく更新チェックをしています。
ゲームアナリストという職業があったことすら知らなかったのですけど、
この方の先見の明の鋭さには驚きました。
1990年末期に
ゲームビジネス(ゲームソフト)の売上は落ち込むだろう
との予測を立てていたとのことですが、
1990年末期ってPS2が発売した頃らしいですけど、
あの頃って、ファイナルファンタジーやドラゴンクエストが
まだまだ好評を博していたり、
ネットワークゲームが徐々に増えてきたりと、
(わたしの好きなファンタシースターオンライン・PSOもこの頃知りましたし^^;)
ゲーム業界に就職したい!と思ってことのある方は一杯いるのではないでしょうか?
それが今2010年、ゲーム業界はどうなったかというと・・・
続編ゲームや、過去の名作のリメイクだったりとか、
確実に売り上げが見込めるようなソフトがほとんどになってきているような気がします。
正直今の家庭用ソフトは、プレイしてみたいとは思わないです。
RPGやアクションゲームとかは、途中経過がめんどうになってきて楽しくないんですよね。
といって、映像ばかりだと映画を見たほうが含蓄がありますし。
2010年任天堂が
四半期で赤字になっていたことも知りませんでしたし、
業界規模も縮小しているらしいです。
平林久和さんのお話に戻りますけど、
この方が、GameBusiness.jpにて、興味ある記事を連載されています。
「悲観論よ、さようなら」・平林久和「ゲームの未来を語る」第1回。このタイトル通り、
わたしなりにこれからのゲーム業界の明るい未来を考えたいと思います。
文学にしか表現できない物事の「質」の世界があるように、
ゲームにも、ゲームにしか表現できない「仮想」的な世界があるように思っています。
わたしがそういう根拠は、
やはり「
Dの食卓」をプレイした時のあの新鮮で、刺激的だった体験があるからです。
仮想空間上で生まれる半現実的なストーリー。
仮想空間上では、現実世界の肩書きやら、境遇やらを無効にして、
皆同じ視点でものごとを見れること。
そう考えると、
昔、押井守さん(アニメ版うる星やつらの監督さん♪)監督の
「アヴァロン」という映画がありましたけれども、
あの映画に出てくるゲームは本当にリアリティーがあって、
その感覚に似ているのかもしれません。
「ゲーム」という既成概念が邪魔で、
もしかしたらもう他のメディアと融合していくのかもしれませんね。
「家電」と「OA」の垣根がなくなっていったみたいに。
ともかく、この話題はよく考える必要がありますね。
今日はここまで!