
旅行記「島根・山口・福岡・広島の旅2013」は最終日にして、最後の観光スポットに向かいました
広島県は“安芸の宮島”から移動して山口県は岩国市、日本三名橋の一つ「錦帯橋(きんたいきょう)」へ。

錦帯橋はご覧の通り、見事なアーチを描いた木造橋で、
他に例の見ない特異な五連の反り橋が特徴であり、1922年 (大正11年) には国の名勝に指定されています。
橋の長さは橋面に沿って210m、直線で193.3m、橋の幅は5m、橋台の高さ6.64mあります。

▲1966年以降、観光客から「入橋料」を徴収し、掛け替え・管理の財源に充てているそうです
■錦帯橋の歴史
1600年 (慶長5年) に岩国の地に移封された岩国藩の初代藩主・吉川広家は1608年 (慶長13年) には蛇行した錦川に囲まれた天然の要害の地である横山の山頂に岩国城を築城しました。
その麓に居館や上級武士の屋敷を配置、中下級武士の屋敷や町屋は錦川対岸の錦見(にしみ・現在の岩国市岩国1、2丁目あたり)に置き、岩国城下町を形成しました。
横山と錦見は川幅約200mの錦川に隔てられており、藩政に橋は必須でした。
第3代藩主・吉川広嘉は、暴れ川である錦川に流れない橋を架けることを決意します。
そこで橋脚のない甲斐の「猿橋」に着目しますが、約30mの猿橋と約200mの錦川では条件が違いすぎ、技術の応用は不可能でした。
その後、広嘉は明の渡来僧である独立(どくりゅう)が持つ「西湖遊覧誌」にある島伝いに石橋が架かる図をヒントに錦帯橋の構想を得ました。
広嘉は家臣の児玉九郎右衛門に架橋を命じ、1673年 (延宝元年) 10月、岩国藩の悲願であった錦帯橋が完成しました。
翌年洪水により一部が流失しましたが、その年のうちに敷石を強化し再建されました。
以来276年の間、老朽による補修や架け替えは何度も行われたものの、流失することはありませんでした。
また、架け替えられていく中で改良が重ねられていきました。
例えば橋裏に整然と並んだ補強部材「鞍木」は1682年 (天和2年) に追加されたものです。
しかし長年不落を誇った錦帯橋も1950年 (昭和25年) 9月、キジア台風による錦川の大増水により、多くの市民が見守る中、惜しくも流失してしまいました。
その後、市民の熱意で1953年 (昭和28年) 1月に再建されましたが、それから約50年を経て、木部の傷みが全体的に目立つようになりました。
そのため、2001年 (平成13年) 秋より「平成の架け替え」が伝統を受け継ぐ岩国の匠の手により昔ながらの木組みの工法で行われました。
2004年 (平成16年) 3月、五つの反り橋はアーチの美しさにこだわって生まれ変わりました。

▲1962年 (昭和37年) に外観復元された岩国城/復元の際、錦帯橋からよく見えるよう旧本丸の約50m南側に位置を変えているそうです

▲錦川
橋のもう一つの魅力は橋を取り巻く景観かと。
桜の花が満開の時期は、橋上で足を止めて暖かい日差しを浴びてノンビリできるでしょうね
(この旅ではお馴染みの強風を全身に受けて足早に橋を渡りました)

錦帯橋を渡って間もなくすると、“奇妙”なことに“ソフトクリーム屋”さんが点在していました。
中でも「お食事処 竹の里むさし」と「佐々木屋小次郎商店」の位置関係は只ならぬ様相なので、
先に視界に入った「お食事処 竹の里むさし」に近づいてみると...

▲何コレ陳百景?
ん?...何やら聞いたことのある音楽が流れていました
どうやら某テレビ番組の“珍しい光景”の一つに選ばれたスポットのようです...

そして、ソフトクリームの種類...なんと100種類以上!?
甘いソフトクリームのフレーバーが100種類もあるワケないので、「ニンニク・生姜・ネギ・イカスミ・ハバネロ・カレー...?!」と
味の想像が出来ないラインナップが脇を固めます。

下調べをしていた妻は迷うことなくお茶漬けソフトクリームを注文
(ついに寒さで頭がおかしくなったのかと思いました)
これが思いに他、美味しかったのでビックリしました。
昆布茶の塩気にアラレと海苔の香ばしさが相まって笑ってしまいました(どこを食べてもお茶漬け味です)

ワタクシはというと、佐々木小次郎商店のソフトクリームに釘付け
ソフトクリームを売り始めたのは“小次郎”が最初。
(“むさし”店名を変えてまでソフトクリーム勝負を挑んできたようです)
つまりレパートリー豊富なソフトクリームの元祖はこちらのようです。

▲ソフトクリーム以外に隣の屋台で厚生大臣賞受賞の岩国寿司や手作り小次郎まんじゅうや岩国れんこんのコロッケも美味しそうでした
種類こそ20数種類と少ないですが、普通のコーンかワッフルコーンか選ぶことができます。

ワタクシは小豆と南瓜を混ぜた「あずちゃMIX」を注文。
気のせいか、“むさし”より上品...(笑)
どちらも濃厚な味わいで鼻に抜ける香りも相まって美味しかったです。

まさか、錦帯橋で巌流島の決闘を見ることできるとは思いもしませんでした(笑)
それにしても、ソフトクリームばかり食べているような気がします。
(次回が最終回です)
【過去の記事より →ソフトークリームあれこれ[焼き芋ソフト]/[牛乳ソフトクリーム]/[ぶどう酢のソフト]/[栗ソフトクリーム]/[そば粉のソフトクリーム]/[京野菜のソフトクリーム]】
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◆佐々木屋小次郎商店
http://kojiro.daa.jp/
◆お食事処 竹の里むさし
http://www.musashi-100.com/

広島県は“安芸の宮島”から移動して山口県は岩国市、日本三名橋の一つ「錦帯橋(きんたいきょう)」へ。

錦帯橋はご覧の通り、見事なアーチを描いた木造橋で、
他に例の見ない特異な五連の反り橋が特徴であり、1922年 (大正11年) には国の名勝に指定されています。
橋の長さは橋面に沿って210m、直線で193.3m、橋の幅は5m、橋台の高さ6.64mあります。

▲1966年以降、観光客から「入橋料」を徴収し、掛け替え・管理の財源に充てているそうです
■錦帯橋の歴史
1600年 (慶長5年) に岩国の地に移封された岩国藩の初代藩主・吉川広家は1608年 (慶長13年) には蛇行した錦川に囲まれた天然の要害の地である横山の山頂に岩国城を築城しました。
その麓に居館や上級武士の屋敷を配置、中下級武士の屋敷や町屋は錦川対岸の錦見(にしみ・現在の岩国市岩国1、2丁目あたり)に置き、岩国城下町を形成しました。
横山と錦見は川幅約200mの錦川に隔てられており、藩政に橋は必須でした。
第3代藩主・吉川広嘉は、暴れ川である錦川に流れない橋を架けることを決意します。
そこで橋脚のない甲斐の「猿橋」に着目しますが、約30mの猿橋と約200mの錦川では条件が違いすぎ、技術の応用は不可能でした。
その後、広嘉は明の渡来僧である独立(どくりゅう)が持つ「西湖遊覧誌」にある島伝いに石橋が架かる図をヒントに錦帯橋の構想を得ました。
広嘉は家臣の児玉九郎右衛門に架橋を命じ、1673年 (延宝元年) 10月、岩国藩の悲願であった錦帯橋が完成しました。
翌年洪水により一部が流失しましたが、その年のうちに敷石を強化し再建されました。
以来276年の間、老朽による補修や架け替えは何度も行われたものの、流失することはありませんでした。
また、架け替えられていく中で改良が重ねられていきました。
例えば橋裏に整然と並んだ補強部材「鞍木」は1682年 (天和2年) に追加されたものです。
しかし長年不落を誇った錦帯橋も1950年 (昭和25年) 9月、キジア台風による錦川の大増水により、多くの市民が見守る中、惜しくも流失してしまいました。
その後、市民の熱意で1953年 (昭和28年) 1月に再建されましたが、それから約50年を経て、木部の傷みが全体的に目立つようになりました。
そのため、2001年 (平成13年) 秋より「平成の架け替え」が伝統を受け継ぐ岩国の匠の手により昔ながらの木組みの工法で行われました。
2004年 (平成16年) 3月、五つの反り橋はアーチの美しさにこだわって生まれ変わりました。

▲1962年 (昭和37年) に外観復元された岩国城/復元の際、錦帯橋からよく見えるよう旧本丸の約50m南側に位置を変えているそうです

▲錦川
橋のもう一つの魅力は橋を取り巻く景観かと。
桜の花が満開の時期は、橋上で足を止めて暖かい日差しを浴びてノンビリできるでしょうね

(この旅ではお馴染みの強風を全身に受けて足早に橋を渡りました)

錦帯橋を渡って間もなくすると、“奇妙”なことに“ソフトクリーム屋”さんが点在していました。
中でも「お食事処 竹の里むさし」と「佐々木屋小次郎商店」の位置関係は只ならぬ様相なので、
先に視界に入った「お食事処 竹の里むさし」に近づいてみると...

▲何コレ陳百景?
ん?...何やら聞いたことのある音楽が流れていました

どうやら某テレビ番組の“珍しい光景”の一つに選ばれたスポットのようです...

そして、ソフトクリームの種類...なんと100種類以上!?
甘いソフトクリームのフレーバーが100種類もあるワケないので、「ニンニク・生姜・ネギ・イカスミ・ハバネロ・カレー...?!」と
味の想像が出来ないラインナップが脇を固めます。

下調べをしていた妻は迷うことなくお茶漬けソフトクリームを注文

(ついに寒さで頭がおかしくなったのかと思いました)
これが思いに他、美味しかったのでビックリしました。
昆布茶の塩気にアラレと海苔の香ばしさが相まって笑ってしまいました(どこを食べてもお茶漬け味です)

ワタクシはというと、佐々木小次郎商店のソフトクリームに釘付け

ソフトクリームを売り始めたのは“小次郎”が最初。
(“むさし”店名を変えてまでソフトクリーム勝負を挑んできたようです)
つまりレパートリー豊富なソフトクリームの元祖はこちらのようです。

▲ソフトクリーム以外に隣の屋台で厚生大臣賞受賞の岩国寿司や手作り小次郎まんじゅうや岩国れんこんのコロッケも美味しそうでした
種類こそ20数種類と少ないですが、普通のコーンかワッフルコーンか選ぶことができます。

ワタクシは小豆と南瓜を混ぜた「あずちゃMIX」を注文。
気のせいか、“むさし”より上品...(笑)
どちらも濃厚な味わいで鼻に抜ける香りも相まって美味しかったです。

まさか、錦帯橋で巌流島の決闘を見ることできるとは思いもしませんでした(笑)
それにしても、ソフトクリームばかり食べているような気がします。
(次回が最終回です)
【過去の記事より →ソフトークリームあれこれ[焼き芋ソフト]/[牛乳ソフトクリーム]/[ぶどう酢のソフト]/[栗ソフトクリーム]/[そば粉のソフトクリーム]/[京野菜のソフトクリーム]】
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◆佐々木屋小次郎商店
http://kojiro.daa.jp/
◆お食事処 竹の里むさし
http://www.musashi-100.com/