白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

裏山散歩 横手山

2024年09月04日 21時11分52秒 | 日記
前回の笠岳に続いて裏山散歩は横手山。
標高は2,307メートルあるが、滋賀草津ルートで2,000メートル以上まで車で行ける。
足を痛めて約一ヶ月、だいぶ回復してきたが、まだランニングは10分くらいしかできない。
が、山には登れるという不思議。

夏山リフトもあるが、歩いても30分くらい。



心地よい草原。









かたはらに 秋草の花 語るらく 滅びしものは なつかしきかな 
                         牧水

滅びたものは若き日の儚い憧れだろうか。今はもう衰えてしまった体力だろうか。

山頂ヒュッテ。

日本一高いパン屋。(値段も)
500円のハイジというパンを買った。

中野市の農産物直売所で買ったおにぎり。




少し離れたところにある神社に行く。



ここは良い展望台。


下山。
県境でソフトクリーム。


日本最高所の国道。
自転車乗りの聖地でもある。
今度の日曜日、ここをゴールとしたヒルクライムのレースが行われる。

白根山方面の斜面からは噴煙。

帰路の道の駅で。

高原に霧が流れ、花々も夏から秋へと移ろうとしていた。

『高原に夏が行けば 恋も終わると あの人はいつも言ってた♬』
この季節、哀愁を帯びた舟木一夫の歌が自然に浮かんでくる。
夏の終わり、冷たい夜気の中でキャンプファイヤーの灯を囲み、肩を組んで歌ったことや、黙って座ったあのひとの眼にあかあかと残り火が映っていたことなど胸が締め付けられるような切なさで蘇ってくる。
思い出は、まだ『滅びしもの』ではないんだな。

また山に行こう。




#そば畑

2024年09月03日 07時36分41秒 | 日記
台風が直撃!
進路予想図には正にわが村を通過する点線が描かれている。
夜になると何と北に逸れて能登半島を通過するように変わっている。
翌朝は、まさかの関東地方を通過するように変わっているではないか。
翌日はまたわが村を標的にしている。
そんな風に一喜一憂の数日を送った。
それというのもぼくには伊勢湾台風の記憶があるからだ。
台風10号は観測以来最大級の台風で伊勢湾台風に似たコースを取るという。
自分は農家ではないが、周りにはリンゴ、ブドウがたくさん栽培されており、強い風が吹けばひとたまりもない。
わが家ではりんごは秋から冬の欠かせない果物だ。
散々騒がせた結果、和歌山沖であっけなく消滅してしまった。
大きな被害にあわれた地方の方々にはお見舞い申し上げる。
かくいうわが畑でも被害はあった。
特別に強い風が吹いたとも、大雨が降ったとも思われないが、何故かそばが部分的に倒伏していた。
40坪ほどの畑に撒いたそばは、白い花が咲き順調に育っていた。


それが部分的に倒れている。

今回は、種をばらまき豆トラでかき回して種蒔き完了とした。
畝を作り、後で土寄せが出来るようにするか大分迷った。
広いので楽な方を選択してしまったが、それは不正解だったらしい。
来年は畝を作り土寄せをしよう。
来年以降、10月中旬まで台風が一つも来ないという保証はどこにもない。
自分でそばを栽培し、石うすで挽き、そばを打つというささやかな夢を実現するために、せめて20人前くらいは確保したいものだ。
周りの休耕田は,ほとんど300坪くらいあり、補助金を貰ってそばを栽培し、300坪6,000円で機械刈りしてもらっている。
これをすべて手作業で、というのは物好きな...というのは分かってはいる。
思えば、凶作で米が出来なかった時代、飢えを凌ぐために農民はすべて手作業でやっていた。そうした先人の苦労をしのびながら汗を流すのも悪くない。





















秋野菜の準備

2024年08月20日 19時57分01秒 | 日記
朝6時5分前、村落から300メートルくらい外れた道路でクマと遭遇。
車に乗っていたので怖いこともない。
クマは道路の横にある河の草むらに消えた。
民家の近くだし、一応役場に連絡した。
『まず、お名前は?』
『電話番号は?』
『住所は?』
宿直の人に罪はないが、それこそ尋問を受けているようで気分が良くない。
(こちらは善意で一応知らせているだけなのに)
ぼくは結構難しいヒトなのだ。

***********
今日は農夫。

  
何とモロコシが荒らされている。
電柵を張ってあるが、夜間モードにしてあるので夜と朝のはざまに忍び込んだのかも。さっそく4時間モードに切り替え。
わずかな被害で済んだ。
千葉に住む孫達に二十数本チルド便で送った。

もちろん無農薬。
中には虫が入っているものもあるが消毒が入っていない方が良い。

まだまだモロコシが残っている。

畝を作り

大根の種を播いた。
おでん大根、総太り大根、沢庵大根。
本来はこのように3粒ずつ播くのだが、これまではもったいなくて1粒ずつ播いていた。
作り過ぎないよう釘を刺されているので、教科書通り3粒播く。

38坪ほどの畑に8月2日に播いたそばが見る間に育っていく。
秋野菜の準備で充実の日々。




夏の終わり

2024年08月18日 20時25分11秒 | 日記
お盆が過ぎると、そこはかとなく忍び寄る秋の気配。
お祭りが終わった後のような寂しさがある。
滅びゆく夏への哀惜の情がある。

否応なしに季節はぼくらを押し流し、紅葉の世界へ連れていく。
やがて雪が降り、真っ白な世界に塗り込められる。
そして草木が芽吹き桜が咲きほこる。

また夏が来てぼくはひとつ歳を取る。
あまり考えないようにしているがあと何回それは巡るのだろう。
若い頃に関わりのあった同じ年代の人たちが何人も旅立った。
ご先祖様だけでなく、そうした人たちを偲んだお盆が過ぎた。

   *****
8月のそば会は4人の参加。
色々な理由で不参加が多かった。

2回目の参加者。

水回しが一番の肝。

この二人はもう手慣れたもの。

前回は孫たちのところに持って行って喜ばれたという。

最初はきしめんだったというが今は立派なそば。

仕事が手早い。

うどんだなと言いつつ...

最後のお茶会。
手作りのそば羊羹と麦茶。

今回は参加者が少なかったのでぼくもそばを打った。


   ***** 
午後、落語会。
春風亭一花、柳亭こみちの女子二人会。
落語の世界で女性はまだまだ新参者。
一花さんは『煮豆』『馬屋家事』
こみちさんは『宮戸川』『おきんためし酒』
楽しいひと時だった。
講談の世界のようにもっともっと女性が活躍して欲しいものだ。
講談と囲碁の世界はなぜか女性の活躍が目立つ。
落語と将棋の世界はまだまだこれからという感じがする。

帰途竜ヶ池に寄った。
ここのおでんは黒おでんといって醤油で味付けしてありうまい。

ともあれ一つの仕事が終わった。
明日は畑作業だ。

ABMORI(えび森)

2024年08月17日 21時23分21秒 | 日記
森を増やそう。
温暖化防止と新鮮な酸素供給のために。

『神宮球場や秩父宮ラグビー場を建て替える明治神宮外苑地区の再開発に向けた計画案は9日、東京都都市計画審議会で賛成多数で承認された。都側は、再開発に伴う樹木の伐採は892本に上るとの見通しを説明。』
再開発でぼろもうけするのは誰だ。

  *****
そこはかつてキャンプ場だった。
志賀高原のシンボル、笠岳の北側。
華やかな雰囲気の漂うリゾート地の一角。
今、そこにはABMORIがある。


市川海老蔵の名を冠した森。
海老蔵自身の様々な問題は横に置いて、森作りにかかわっていることは大きく評価したい。


人々を集めて植林するための苗木。

樹は大きく伐採、剪定しない。
草は根こそぎ取り抜かず、裸地を作らない。
隣の畑は『草一本も許さない』。うちの畑は草と共存。

秋に作付けのために一部を耕した。
刈り取った草は積み上げてたい肥にする。
家庭菜園の大体の野菜は肥料過多のメタボだという。
自然循環型の、自然に負荷をかけないようにしたいものだ。