文体というメガネ

2009-10-07 01:05:26 | Notebook
     
かなり以前のことになるけれども、さる著名な整体師の本を読んでいたら、
「風邪をひいたときは風呂に入ったほうがいい」
というようなことが書かれてあった。

感心したわたしは、風邪をひいたときにこの言葉を思い出し、さっそく風呂に入ってみた。すると次の日には体調が改善し、2日ほどのうちに治ってしまった(そのあとまた、ぶり返したような気もするがよく思いだせない)。

ところが風呂に入っていたときに、わたしがぼんやりとかんがえていたのは、まったく意外なことで、
「これは、まんまと騙されたということだなあ」
という感想だった。

「風邪をひいたときには風呂に入ったほうがいい」と言おうが、
「風邪をひいたときには風呂に入らないほうがいい」と言おうが、
どちらも正しい。
どちらも、それなりに根拠(のようなもの)があって、それなりに場と条件に合うことがあるだろうし、合わない場合だってあるだろう。
そんなあたりまえのことに、あらためて気づいたということだった。

風邪にはアイスクリームが効くという場合もあるだろうし、アイスクリームが体を冷やし、弱った胃を荒らしてしまうことだってあるだろう。

風邪ぐらいで横になっていないで、働いたほうがいいと言っても正しいし、いやゆっくり休養をとったほうがいいと言っても正しいだろう。

そもそも、体は海のように深く広く、深淵なものなので、ひとつの文体で把握すること自体がナンセンスなのだということなのだろう。

海は蒼い。海は碧色。海は灰色。海は水色。海は白い。海はまぶしい。海は暗い。……どれも当たっているように、体について何を言ったところで、どうせ当たらずといえども遠からず。そんなものではないか。

このごろのお医者さんたちは、かならずしも「風邪をひいたときには風呂に入らないほうがいい」とは言わないのだそうだ。その根拠は、「入ったほうがいい場合もある」ということらしい。

昔のお医者さんは、みな一様に「入らないほうがいい」と言っていた。広くそう信じられていたからだ。つまり、悪い言い方で恐縮するが、いまのお医者さんにくらべると、むかしのお医者さんのほうが「風邪と風呂の関係」についてはすこしだけ「無知」だったということになる。

むかしのお医者さんが、あえて強く「入らないほうがいい」と指導していたのは、ようするに無知だったということであって、悪気があったわけではない。これがいまのお医者さんによる指導だとしたら、ウソをついているということになってしまう。

その整体師も無知だったのかもしれない。真相は分からない。しかし、わたしは根性がひねているので、その整体師は何もかも分かっていたにちがいない、という印象をもったのだった。彼の信者たちが、これを金科玉条のように受けとめ、ますます彼に依存するであろうことまでお見通しだったに違いない。そう感じてしまったのだった。どちらにせよ、わたしは、うっかり自分の体を、わけのわからない薄っぺらな文体に預けてしまっていたのだ。

これまで正体不明の「健康」やら「自然」やら「ノンストレス」やら「無農薬」、「玄米で病気が治る」、「癒し」、はては「母なる地球」などの、あふれるばかりの粗末な文体に、くりかえし自分を預けてしまってきたように。生まれてこのかた何十年も、こんな軽薄なことばかりやって生きてきたような気がする。


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