月の沈黙を友として[2]

2006-05-16 00:45:21 | Notebook
     
彼女はウィリアム・ブレイクを好んでいた。その読み方はまるで求道者のようだったが、素晴らしいことに、迷信めいたところがなかった。彼女と話をすると、その水晶のように澄んだ精神に洗われるようだった。あのシュタイナーの話をするときでさえ、空疎な霊学に埋没することもなく、なにか良質な文学の話を聴いているような気持ちになった。

わたしは一度だけ、こう訊いたことがある。それは彼女と会うようになって、すでに2年ほどの年月がたっていたころのことだ。
「あなたは、何になりたいの?」
職業の話ではない。彼女はわたしの質問のニュアンスを瞬時に理解して、すぐにこう打ち明けた。
「なにか宗教的な修行をしたいの、そういう生き方をしたいのよ」
こたえを聞く前から分かっていたような気がした。それに、分かっていなければ、できない質問だ。

ところが、その答えを聞いたときにわたしが感じたのは、意外なことに、まったく別のものだったのである。彼女のこころに宿っている、誰か男性の存在。ずっと年上の。それは恋人じゃない。たぶん彼女の父親だ。

わたしは彼女の父親がどんなひとなのか知らないし、顔も知らない。すでにお亡くなりになっていることは知っている。しかし彼女がほんとうに見ているのは「修行者になる運命」ではなく、「父親という愛し愛される存在」なのだという気がした。なぜ唐突にそう感じたのかは分からなかった。いまでも分からない。同時に、彼女はきっと修行者になど、ならない、と思った。そして、修行者になどなってはいけない、とも。

彼女は修行者にはならない。きっといつか、素敵な中年男性と休日のドライブに行ったり、美味しいものを食べたり旅行に行ったりして過ごし、やがてプロポーズされることだろう。そうして遅い結婚をして、家庭をもち、吉野から熊野へのバス旅行のことなど思い出さなくなるだろう。そうならなければいけない。そんな気がした。わたしはそのとき、自分が彼女にとってどういう存在なのかを悟ったのだった。なんのためにこうして会っているのかを。

彼女のなかにみた、その存在。それは、触れてはいけないものであるような気がした。それを理解するのは簡単だったかもしれない。しかし、理解するよりも、そのままにしておくべきものがあるのだ。解釈するのも簡単だったろう。しかし、解釈してしまったら、なにかを壊してしまうような気がした。
わたしはそれっきり、その話題には触れないようにした。見ようともしなかったし、さぐりを入れるようなこともしなかった。おなじ質問は二度としなかったし、父親のことを訊ねるようなこともしなかった。それが礼儀なのだという気がした。しかしいつも、それを意識するようになった。なにをしてあげられるのかと、考えることもあったが、できることはなさそうだった。


ある晩、W.B.イェイツの作品を読んだ。そのなかに冒頭に挙げた言葉がある。それは違ったふうにわたしの心に響き、べつのかたちをとり始めていた。この言葉から気持ちが離れず、いつまでも頭のなかで鳴り続けていた。

つぎの日、彼女から電話があり、またいつものように待ち合せをした。むかしアサガヤの街にあったシュガーローゼという喫茶店だった。いまも同じ名前の店があるが、それとは別の場所の、もっとひろい店だった。
彼女の顔を見たとたん、わたしのなかでその言葉が生まれかわり、はっきりとしたかたちを取り始めた。そして、それをいま言葉にするべきだと悟った。
それは彼女に聴かせるべき言葉。彼女に聴かせることこそ、ふさわしい言葉。わたしの霊感がそう教えてくれた。わたしは生まれかわったばかりの言葉を、いそいで頭のなかに書き出し、みじかく朗読してみせた。

「……精霊は、そのひとを最も愛する人物を通じて、運命を授ける。幸運も、不運も。
そのひとをいちばん愛しているひとを通じて、与えるべき運命をもたらすのだ。
おそろしい不幸と、うつくしい幸福の両方を」

彼女の目が、あかるく見開かれた。
「ああ、いい詩だね。そうだね。運命を授ける……」
彼女はおだやかな笑顔を見せた。あたたかくて気持ちのいい笑顔だ。
「……最も愛する人物を通じて、……精霊が、……」
逸らした視線を遠くへ投げやるような目をして、繰り返していた。

「誰の詩なの?」
そう訊かれて、わたしは嘘をついた。
「W.B.イェイツ、「月の沈黙を友として」。国書刊行会から出版された「世界幻想文学大系」というシリーズの『神秘の薔薇』という本のなかにあるんだよ」

彼女の、黒蜜色に輝く瞳の中で、内なる父親が微笑んだような気がした。あるいは精霊のしわざだったのかもしれない。

月の沈黙を友として[1]

2006-05-15 16:17:04 | Notebook
     
「お前たちは先ず結婚しなければいけない。男の幸運や不運は女を通じて訪れるからだ」

これはアイルランドの神話からの一節だ。わたしはこれをW.B.イェイツの作品「月の沈黙(しじま)を友として」のなかで読んだ。
しかし、この言葉はわたしのなかで違ったふうに響いた。べつの言葉として、まったく違った意味をもった、あたらしい言葉として生まれかわったのだ。その瞬間のことを話そう。


いまから15年ほど前のこと。トーキョーのアサガヤという街に移り住んできたばかりのころ、当時わたしには美しくて美しくて美しくて美しい女性の友人がいて、よくお茶に誘ってくれた。わたしたちは以前からの知り合いで、この街で偶然に再会したのだ。わたしより4つ年上で、有名な劇団の女優だったこともある女性で、わたしと再会したときは大手ゼネコンの子会社に勤めていた。リゾート地のホテルの設計やプランにかかわっていて、深夜12時すぎに帰ってきては早朝に出勤するという生活をしていた。そんな彼女が休日の午後になると、わたしに電話をくれて、いっしょに喫茶店でお茶を飲む。ぼんやりといろんな話をする。そんな関係が3、4年ほど続いた。いつ会っても、彼女の目の下にはうっすらと隈ができていて、それがまた不思議な色気をそえているのだった。
びっくりするような美女とすれ違い、驚いたときの男性というものは、まるで軽く頭を殴られたような奇妙な表情をするものだ、ということも、彼女と歩いていてはじめて知った。

しかし彼女はある意味かわっていたのかもしれない。普通の女性とは違って、結婚には興味がないようだった。まるで男の気配がしない。ときおり、ちらりと男の影がよぎるときもあるが、すりガラスに映る影絵みたいに存在がうすい。だから、わたしはてっきり、彼女は道ならぬ恋をしているのだろうと思うこともあった。せっかくの土日に、こんなフニャフニャでレロレロの青年とドトールでお茶を飲んでいるくらいだから、彼女の相手には家族がいるのだろうと思っていた。当たっていたのかもしれないし、はずれていたのかもしれない。恋愛の話をふってみても、遠い昔みた、ありふれた夢の話でもするような感じだった。

彼女にはどこか、小さくて物静かな、牝馬のような気品と強さがあった。控えめで嫌みがなくセンスが良かったから、同性の評判もじつに良かった。男性のみならず、彼女に会いたいという女性が何人かいた。
「うそでしょ、シンちゃん、彼女と会っているの? 彼女はいまどこにいるの? アサガヤ。まあ……。あたしが会いたがってたって、伝えてよ」
そんなことを言う女性が何人かいた。わたしは律儀にそのとおり彼女に伝えたが、いつもそれきりだった。そういうところははっきりした女性だった。彼女に会うためには、彼女がその気になるのを待つ以外に方法がないのだ。
「やーね、シンちゃん、彼女のことが好きなんでしょ?」
などと、しつこく問いただす女性もいた。しかしわたしは、あまりに相手が素晴らしすぎて(女性としても仕事の面でも)太刀打ちできないので、そんな気はほんとうになかった。こちらからあまり電話はかけなかったし、呼ばれるといつも、寝起きの顔で、よれよれの服装で、ぼんやりと会いに行く。そうして彼女のようすに応じて、のんびりと話をする。話が合うというほどでもなかったし、意気投合というわけでもなかったが、ふしぎな一体感はあった。姉と弟のような、どこかでつながっているような一体感だ。
彼女の顔を眺めるのは楽しかったし、彼女も懲りずによく誘ってくれた。そんな関係は、彼女がよその土地へ引っ越していくまで続いた。
「連絡するからね」そう言って彼女が行ってしまってから、もうけっして会うことはなかった。もう10年以上の年月が過ぎている。

じつは、わたしはずっと昔から気づいていたのだ。彼女は何か、精神的な生き方を目指していたのだということを。たぶん、気づいていたひとは少ないと思う。彼女相手に、恋愛の話や、食べ物や旅行や、趣味の話や、遊びに行く話などするのは、愚の骨頂なのだということを、わたしはとうに知っていたのである。すくなくとも、それはわたしの役目ではない。たぶん多くの男たちは、過ちを犯していたに違いない。彼女が、お金持ちで地位のある素敵な男性に誘われてドライブに行くような休日など望んでいないということを、わたしはとうの昔に理解していたのである。

「ねえ、あたし、このあいだ休みをとって、吉野から熊野まで、ずっとバスで行ってきたの」
彼女がそう言ったときは、それは観光というよりは、半分は巡礼の旅のようなものなのだ。だから、そのつもりで相手をする必要がある。観光課や旅行ガイドのような受け答えをしてはいけない。山々を眺めたときに彼女がどういう神聖さを感じたか、どういうひとと触れあったか。それがほかの土地とどう違っていたか、そういう話を聞き出すべきであり、そういう共感をすべきなのだ。わたしはそれが大切であることを知っていたのである。
(つづく)