あなたがいなくなっても、こうして今年も桜が満開だ。
とうに見るひとがいないのに、春になると桜が咲く。夢のように不思議な感じがする。
わたしは独りここにいて、桜の樹を見上げる。
きっとわたしがここにいなくとも、桜の花弁は舞うのだろう。
わたしは眼をひらく。
この眼をひらくのが、わたしでなかったとしても、きっと見るのだろう。
この身体の持ち主が、わたしでなかったとしても、この胸は熱く打ち続けるのだろう。
ここに誰もいなかったとしても、この腕は何かを求めるのだろう。
わたしがこの世にいなくとも、この眼は開き、見るのだろう。
夢のような、わたしよりも、風は確かに吹くのだろう。
古い公案に、こういうものがある。
「降りしきる雪が、山脈を白くつつむ。
しかし、ある山の頂にだけは雪が積もらず、山肌はむきだしになっている」
わたしの考えた答えは、こういうものだ。
「そこに『わたし』がいるから、雪は積もらない」
今年も桜は咲き、花弁は降りしきる。