安倍晋三政権の醜態が、次々と国民の前に露呈している。安倍首相主催の「桜を見る会」における政治の私物化と「名簿隠し」の実態、「アベ友」と言われる黒川弘務東京高検検事長の定年延長のゴリ押し(*明らかに違法、安倍内閣答弁の破綻)などだ。安倍政権の下では、憲法も、法も、論理も、すっかり地に落ちてしまったようだ。
*これらとは性質が異なるが、新型コロナウイルス対策の失敗と情報統制・言論圧殺などについても、国民から批判が噴出している。
こうした安倍政治の嘘とゴマカシとゴリ押しがまかり通るなら、日本はもはや法治国家とは言えないだろう。
安倍政権のこのような反知性主義と反立憲民主主義の行状は、今に始まったことではない。当ブログでは、具体的事例を挙げて、安倍政治の酷さをたびたび指摘してきた。もちろん、新聞やテレビなどマスコミの多くもそうしたことを取り上げてきたし、その結果、ある時期には安倍内閣の支持率は大きく下落した。だが、それも一時的な現象に終わり、少し時が経つと、支持率はまた持ち直してくる。その連続だ。
私はかつて当ブログ2015.3.1「政治中枢では反知性主義こそが正道へ?」で、安倍首相らの反知性主義が政治権力を盾に「周り」を同化し、社会全体を巻き込んでいく様(さま)を、プラトン著『ゴルギアス』を引用しつつ指摘した。
*『世界の名著6 プラトンⅠ』(中央公論社/1966年/責任編集=田中美知太郎)から引用(P368-369)。
以下に、この引用部分を〈 〉内に再掲しよう。
*[ ]内は、引用者(星徹)が補った。下線部は、傍点があった箇所を示す。
〈ソクラテス かくして、そのような君主[*「粗野で教養のない独裁君主」]と親しくなる資格のある者として残るのはどういう人間かと言えば、それはただ、似かよった品性をもち、非難するものも賞讃するものも一致しているために、その君主によって支配され、その支配下に隷属することになんの抵抗も感じないような人間だけである。このような人間こそは、その国における有力者となるだろうし、この男に不正を加える者があれば、だれでもただではすまされぬだろう。そうではないかね?
カリクレス そうだ。
ソクラテス そこで、この国に一人の青年がいて、心中このように考えたとしたらどうだろう? いったい、どうしたら自分は大きな権力を手に入れて、だれからも不正を受けないようになれるだろうか、とね。
どうやら、彼に残された途(みち)はと言えば、若いときからすぐに、その君主と同じものを喜んだり嫌ったりするように自分を習慣づけて、できるだけその君主とあい似た性格になろうと工夫する以外にないだろう。そうではないかね?
カリクレス そう。
ソクラテス それに成功したならば、この青年にとっては、自分がだれからも不正を受けないようになって、君たちの言う「一国の有力者」となるという目的は完全に達成されたことになるだろう。
カリクレス たしかに。
ソクラテス では、はたして、不正をおこなわないということのほうも達成されたことになるだろうか。それとも、このほうは、まったくほど遠い話であろうか。いやしくも、不正な人間である支配者とあい似た人間であり、そのような支配者のもとで大きな力をふるうのであってみれば?
いや、すくなくともぼくの考えるところによれば、そのような状態のもとにあっては、その人の講じる対策は、まったく反対に、できるだけ多くの不正をおかすことができるように、そして不正をおかしてもその罰を受けないように、という目標に向けられることになるだろう。そうではないか。
カリクレス そうだろう。
ソクラテス そうなると、彼の最も大きな災悪をわが身に引き受けることになるだろう。なにしろ、君主の性格をまねて、その結果として得た権力を行使しているうちに、それによって魂が邪悪なものとなり、すっかり損なわれてしまうわけだからね。〉
あれから安倍内閣はさらに5年近く続いている。だが、立憲民主主義という観点で見れば、この政権はさらに酷い状態に陥っている。
特に、昨年後半の「桜を見る会」問題の露呈以降は、小学生でも恥ずかしくて言えないような屁理屈をゴリ押しし、その尻ぬぐいと口裏合わせに側近や官僚らが右往左往する、という醜態をさらし続けている。もはや「屁理屈」というレベルではない。「明らかに違法」と考えられるようなこと、政治権力が無ければとうてい通用しないようなことを、権力を笠に着てゴリ押ししているのだ。
ソクラテスやプラトンの時代から、もう2400年以上が経過した。もし彼らが現在の日本の政治状況を知ったなら、「私たちの時代から、何も進歩していないじゃないか」と言うのではないだろうか。
*これらとは性質が異なるが、新型コロナウイルス対策の失敗と情報統制・言論圧殺などについても、国民から批判が噴出している。
こうした安倍政治の嘘とゴマカシとゴリ押しがまかり通るなら、日本はもはや法治国家とは言えないだろう。
安倍政権のこのような反知性主義と反立憲民主主義の行状は、今に始まったことではない。当ブログでは、具体的事例を挙げて、安倍政治の酷さをたびたび指摘してきた。もちろん、新聞やテレビなどマスコミの多くもそうしたことを取り上げてきたし、その結果、ある時期には安倍内閣の支持率は大きく下落した。だが、それも一時的な現象に終わり、少し時が経つと、支持率はまた持ち直してくる。その連続だ。
私はかつて当ブログ2015.3.1「政治中枢では反知性主義こそが正道へ?」で、安倍首相らの反知性主義が政治権力を盾に「周り」を同化し、社会全体を巻き込んでいく様(さま)を、プラトン著『ゴルギアス』を引用しつつ指摘した。
*『世界の名著6 プラトンⅠ』(中央公論社/1966年/責任編集=田中美知太郎)から引用(P368-369)。
以下に、この引用部分を〈 〉内に再掲しよう。
*[ ]内は、引用者(星徹)が補った。下線部は、傍点があった箇所を示す。
〈ソクラテス かくして、そのような君主[*「粗野で教養のない独裁君主」]と親しくなる資格のある者として残るのはどういう人間かと言えば、それはただ、似かよった品性をもち、非難するものも賞讃するものも一致しているために、その君主によって支配され、その支配下に隷属することになんの抵抗も感じないような人間だけである。このような人間こそは、その国における有力者となるだろうし、この男に不正を加える者があれば、だれでもただではすまされぬだろう。そうではないかね?
カリクレス そうだ。
ソクラテス そこで、この国に一人の青年がいて、心中このように考えたとしたらどうだろう? いったい、どうしたら自分は大きな権力を手に入れて、だれからも不正を受けないようになれるだろうか、とね。
どうやら、彼に残された途(みち)はと言えば、若いときからすぐに、その君主と同じものを喜んだり嫌ったりするように自分を習慣づけて、できるだけその君主とあい似た性格になろうと工夫する以外にないだろう。そうではないかね?
カリクレス そう。
ソクラテス それに成功したならば、この青年にとっては、自分がだれからも不正を受けないようになって、君たちの言う「一国の有力者」となるという目的は完全に達成されたことになるだろう。
カリクレス たしかに。
ソクラテス では、はたして、不正をおこなわないということのほうも達成されたことになるだろうか。それとも、このほうは、まったくほど遠い話であろうか。いやしくも、不正な人間である支配者とあい似た人間であり、そのような支配者のもとで大きな力をふるうのであってみれば?
いや、すくなくともぼくの考えるところによれば、そのような状態のもとにあっては、その人の講じる対策は、まったく反対に、できるだけ多くの不正をおかすことができるように、そして不正をおかしてもその罰を受けないように、という目標に向けられることになるだろう。そうではないか。
カリクレス そうだろう。
ソクラテス そうなると、彼の最も大きな災悪をわが身に引き受けることになるだろう。なにしろ、君主の性格をまねて、その結果として得た権力を行使しているうちに、それによって魂が邪悪なものとなり、すっかり損なわれてしまうわけだからね。〉
あれから安倍内閣はさらに5年近く続いている。だが、立憲民主主義という観点で見れば、この政権はさらに酷い状態に陥っている。
特に、昨年後半の「桜を見る会」問題の露呈以降は、小学生でも恥ずかしくて言えないような屁理屈をゴリ押しし、その尻ぬぐいと口裏合わせに側近や官僚らが右往左往する、という醜態をさらし続けている。もはや「屁理屈」というレベルではない。「明らかに違法」と考えられるようなこと、政治権力が無ければとうてい通用しないようなことを、権力を笠に着てゴリ押ししているのだ。
ソクラテスやプラトンの時代から、もう2400年以上が経過した。もし彼らが現在の日本の政治状況を知ったなら、「私たちの時代から、何も進歩していないじゃないか」と言うのではないだろうか。