メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

topics~ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』 10.27~ ほか

2018-10-27 15:56:15 | アート&イベント
レッサーパンダの赤ちゃん公開
レッサーパンダは「可愛く」て、なぜアライグマは「駆除」されるのだろう???




カナダで大麻合法化
大麻解禁を祝うイベント@カナダ トロント



「今日は素晴らしい日です
 子どもの頃には大麻の解禁など絶対にありえないと言われていました」

大麻の全面解禁は世界で2カ国目 G7では初




カナダの大麻工場




カナダの日本大使館:
在留邦人や旅行者に対し、大麻に手を出さないよう注意を呼びかける

カナダ人はOKだけど、旅行者はNGってこと?

吸うと依存性のある薬物だけれども、とても強い植物だから
環境の悪い国でも、いろいろな用途に使える、と読んだことがある
急に合法化ってどうしたんだ、カナダ?驚



福原愛 現役引退を発表 29歳で決断



福原愛ブログより:
福原愛選手と呼ばれることよりも、卓球の愛ちゃんと呼んでくれる方のほうが多く
小さい頃から、日本全国の皆様からの温かい応援や励ましをいただき、そして育ててもらいました


「3歳から卓球を始める」



母親:やりたくないならやめていいよ






「4大会連続出場」

・2004年 アテネオリンピック





当時15歳のコメント:
みんなにメダルを取ってきたと言われて、取れなくて本当にすみませんでした


「10代で中国へ 武者修行」




・2012年 ロンドンオリンピック 銀メダル






・2016年 リオオリンピック 銅メダル
キャプテンとして牽引 2大会連続のメダル獲得




「2016年9月 結婚会見で現役続行を発表」





愛:
国際舞台で、日本代表として試合に出られるのは本当に誇りです
頑張っていくことができたらいいと思います


「2017年10月 長女あいらちゃんを出産」




「引退会見」



やっと皆様にお伝えすることができたので、今はとても晴れやかな気持ちです
「泣き虫愛ちゃん」と言われて、「泣き虫じゃないもん」と思ったことが何回も何回もあったけど
今振り返ると、最後のリオオリンピックの時もすごく泣いていましたし、やっぱり泣き虫だった
今は「泣き虫愛ちゃんだよ」って言いたいです




「引退の理由」





皆様がご存知の通り、この2年間で次世代の選手たちが大きな成長を遂げ
日本の卓球界全体が以前より盛り上がってきました

とても嬉しく感じるのと同時に、肩の重みがすっと抜けるような感覚があり
自分が選手としての立場でやるべき使命は果たせたかなと感じるようになりました
これまで温かく応援していただきありがとうございました
これからもよろしくお願いいたします


「今後について」

私は生涯ずっと卓球に関わっていく卓球人だと思っている
もし、私を必要としてくださる場所であれば
卓球界貢献のためにできることを何でもしたいと思います

私は生涯卓球人なので、卓球という軸がぶれることは一生ありません
コートから離れて、さらに卓球が好きになった気がします


「東京オリンピックへ 後輩たちにエール」

選手たちにとってこれからが一番大変な時期だと思います
みんななら大丈夫だと思うので、東京の舞台で日本の皆様に良いプレーを
見せていただけたらいいなと思っています


真央ちゃんと同様に、小さな頃から注目され、活躍して、
日本を背負ってきた女性アスリート

卓球はそれほど観てこなかったけれども、
さまざまな大会で華々しい活躍をしてきたニュースをたくさん見てきた

卓球選手の引退時期の平均が何歳か分からないけれども、
まだまだプロとしてプレー出来るんじゃないかなあ

やっぱりオリンピックっていうのが1つの節目なのか?
それとも、結婚・出産とプロアスリートの両立が難しいか

まだまだ「育児・家事は女性がやるもの」て考えが強いし
なかなかセリーナのように、ママとトップアスリートを兼ねるという意識が低いのかも







ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』 10.27~

trailer

ナレーション:井浦新

これもぜひ観たい まだ関東での公開は決まっていないのか

「岡本太郎」カテゴリー参照



太陽の塔@あべのハルカス アートシーン





この顔は実は2代目 サビがひどくなり取り替えられていたのです
こちらが初代黄金の顔 間近で見れば大迫力






太陽の塔は、1970年の万国博覧会で岡本太郎が製作しました
太郎は塔の地下に「祈り」をテーマにしたインスタレーションを作りました






その中に展示した巨大な仮面 「地底の太陽」
この本物は今も行方不明 今回は復元したものが展示されています


岡本太郎と『今日の芸術』@アーツ前橋










太郎は、常に新しい技術を探求していました
その作品は時代とともに大きく変わっていきます

准教授:
3つの大きな変化があったと思われます

1950年代は、具象と抽象の対局の要素を併せ持つ絵画が見られます




60年代に入りますと、呪術性を絵画に持ち込んだような表現が多く見られます



1970年の万博以降は、穴のような目が登場して、
日常と非日常をつなぐような分かりやすい表現が見られます




1950年代の大作「燃える人」



第五福竜丸の被爆事件を描いています
抽象的に描かれた燃える人
マグロを曳いた漁船は具体物として描いています
具象と抽象 対極の要素を併せ持った作品です

第五福竜丸展示館

『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)


この頃から太郎は「縄文文化」に芸術性を見出しました




さらに東北や沖縄に古くから伝わっている儀式に注目






それは1960年代の作品に反映されます

「悲しい動物」
黒い線で描かれた動物の表情 荒々しい表現や赤と黒の色合いに不穏な空気を感じさせます




1970年以降は呪術的要素を目のような穴に閉じ込めました

「にらめっこ」




「芸術は爆発だ!」

太郎の発言はメディアにより一躍人気に それは狙いでもあったのです

岡本太郎は、全ての人が社会の中で自由に生きるべきと考えていた
その自由を体現できるのが芸術だと考えていた
ですからその芸術と社会を結ぶことは、彼にとって重要な使命だったんですね









次回のルオーも大好き


以前、紹介していた長野の山を描いた画家も気になった










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