day by day

癒さぬ傷口が 栄光への入口

吉川晃司と私(2001)~SOLID SOUL~

2019-08-20 | キッカワ。
※このシリーズは私=ヤマシナセンカ(さいん)が関わってきた吉川晃司の記憶を掘り起こしながら懐古しているものであり、当時書き残したものや公式のディスコグラフィーなどを頼りにあくまで主観的なものとして書いております。このため記憶違いや事実と異なることも多々あると思いますがその点お含みおき下さい。


2001年。
私の中で「なんかしらんが無敵」に認定された吉川晃司だがリリースの面ではいまだ状況は良くなかった。
デビュー以降、必ず毎年──とは言わないまでも殆ど年1枚はリリースされていたオリジナルアルバムは、結局2000年に続き2001年も発表されることがなかった。
この後「CDがあまり売れない時代」になっていくこともあるし吉川自身の活動の幅が俳優業を再開したため格段に広がったこともあるだろう、オリジナルアルバムのリリースはそれこそ3~4年に1枚程度のペースになっていくのだが、この頃は「2年もオリジナルアルバムがリリースされない」というのはまあまあな事件だった。

「LIVEが人生の本番」
と吉川が言い始めたのはいつ頃からだっただろう。
残念ながらその時期についてははっきりした記憶はない。
ただ今振り返って見れば、吉川晃司にとって大事なのはLIVE>アルバムであり、アルバムを作るのはLIVEのためだという意識はこの頃にははっきりしていたのかもしれない。

そしてこの年も、アルバムのリリースは無かったけれど、ちゃんとライブツアーは行われた。

KOJI KIKKAWA CONCERT TOUR 2001"SOLID SOUL"

もちろん実際はどうだったか内部の話など知るよしもないが、当時
「(アルバムが出ないのは)レコード会社とモメてるのかな?」
「このツアータイトル(SOLID SOUL)は本当はリリースしようとしていたアルバムの予定タイトルだったんじゃないのかな?」

などと邪推したものだった。
考えてみれば予定アルバムだったなら「SOLID SOUL」あるいはそれにひっかけたタイトルの曲を作っていただろうし現在に至るまでそんな曲は世に出ていないのできっと本当に的外れな邪推だったのだろうと思う。

とにかくこのツアーはアルバムツアーではなく近年の──HOT LOD MANやRETURNSなど──のツアーを踏襲しつつこれまであまり演奏しなかった古めの曲などもセットリストに入れてくるなど、1999から2000の爆走が緩まるどころかますます加速を増しているかのような熱量のツアーだった。
私の遠征にも加速がついていた。

恒例のプレギグ戸田は無理だったが実質初日である渋谷公会堂、群馬、梅田ヒートビート、大阪フェスティバルホール、そして福岡。記録に残ってなくて居心地が悪いのだがファイナルにも行ったかもしれない。もうすでに、1ツアーで何公演も遠征するのが当たり前になっていた。東名阪だけでなく他の土地にまで遠征するようになったのはこのツアーからだったと思う。
群馬や福岡の友人を誘って布教活動に勤しんでいた頃だ。
私の中で無敵に昇格した吉川晃司はもう胸を張って『カッコイイでしょ!見て見て!!』と友人に勧めたくなるシンガーになっていたのだ。数年前まで「ライブ?吉川晃司です…てへ…お恥ずかしながら…」みたいだった自分をぶん殴りたいほどだった。


この時のセトリ(拾いもの)


ナイフ
エロス
アクセル
HONEY PIE
プリティ・デイト
PRETTY DOLL
BACK TO ZERO
FANTASIA
I'M IN BLUE
INNOCENT SKY
Rainy Lane
心に太陽
LEVEL WELL
A-LA-BA・LA-M-BA
LOVIN'NOISE
Fall in Dream

=アンコール=
Stranger in Paradise
SPEED

=アンコール2=
せつなさを殺せない



……うん、いいセトリですね(溜息)。

この頃は当然私も今より20年近く若かったので「時間が短い」って不満を述べていたのだが今この調子で2時間半やられたら意識が飛ぶかもしれない。ミディアム~バラードも4曲入っているがその他がえぐい。
ステージでは殆ど喋らなかった吉川晃司が、告知や「オーイエー」やただの煽りだけじゃない近況などについてMCで話すようになったのもこのツアーあたりからだと思う。
リハーサル前にどこそこで散歩したという他愛も無い話が吉川から出てくるのが新鮮だった。

そしてこのツアー。
大阪フェスティバルホールで私は「出会った時」以来の最前列を獲得した。
ライブハウス公演などもあって最前列並みの近さで見る機会ももうすでに経てはいたけれどやはりホールの最前列という響きは別格だと思う。
出会った時からもう15年経っていて、吉川晃司はまあまあのおっさんになり、あの頃より随分とぽちゃっとしてしまっていたがそれがより一層かっこよく見えた。
久しぶりにこんなに近く(改装前のフェスティバルホールの最前列は本当に、本!当!に!近かった)で見た吉川は──

間違いなく無敵だった。

ちなみに、以降私は吉川晃司のチケット運がぐんぐん上がっているらしくこのあと何度となく最前列や5列以内のいわゆる「神席」に当選している。日常の運が全部ここに集中しているのかもしれないがその値打ちはあると思う(笑)。

このツアーについては、当時開設していた個人サイトの日記にも簡単に触れている。




4月末には2001年のツアーは終了してしまい、残り下半期をどう過ごそうかと考えていたのだがこの年2001年は大阪近鉄バファローズのファンでもあった私にとっては夏~秋は大阪ドームにひたすら通う日々が待っていた。
伝説の『代打逆転満塁優勝決定ホームラン』も大阪ドームでこの目で見ることができた。

ああ、2001年はなんて幸せな年だったのだろう、と思う。

近鉄優勝と日本シリーズの敗北の余韻がまだ抜けきっていない年末──
この後数年の恒例のようになったイベントライブが東京で開催された。

KOJI KIKKAWA X'mas Carol Drive 2001

吉川晃司はこういう可愛らしい、あるいはロマンティックな行事に乗っかるイメージが全くなかった。
なので発表された時は「どうしたどうした何があった?」と少し慌てた記憶がある。
2001年の12月22日・23日・24日の3日間のイベントで、私は22・23日の2日分のチケットを取った。
会場はZepp Tokyo。最寄駅もよく確認せずに新幹線で東京に向かって途中で「なんて駅だっけ?」と友人に教えてもらうというドロナワぶりも懐かしい。クリスマスにお台場に行くなんて私の人生に起こるとは思ってもみなかった(カップルじゃないけど)。

1日目にはこの時及川光博のツアー(!!!!!!!)に参加していて不在だった原田喧太がゲストで出てきて「LEVEL WELL」をやったり
2日目には何故か大沢誉志幸(!!!!!!)が出てきて「宵闇にまかせて」(吉川も以前カバーしている)を二人で歌ったり。
幸せな2001年の最後にいっぱいプレゼントをもらった気分だった。

この二日についてもセットリスト込みで日記に書いていたのでよければこちらを。

そして、私がちょうど近鉄優勝に浮かれていた頃だろうか。
吉川晃司は約80日間にわたって浅間山に篭っていたという。
1人で、誰とも会わず、猫と遊びながら、星を見上げて、そんな80日を山で過ごした吉川はこのクリスマスライブの物販で
ウインター・グリーティング
というCDブックを販売した。

「最近空を見上げてますか?」
というタイトルをつけられた4曲入りミニアルバムが付属している、山での写真もふんだんに掲載された本。
この数年間、空を見上げる余裕もなかったのかもしれない。
あの事件で事務所を立ち上げて以降は地下のスタジオに住んでいたり、そのせいで肺にカビが生えたり(!!!)したと言っていたのでもしかしてその静養のために空気の良いところへ行けとでも言われたのかも──

とにかく80日を空を見上げて過ごした吉川晃司は何か新しいものを吸い込んで帰ってきたようだった。
すっきりと、きっぱりと、まっすぐに。

私が勝手に感じていた「苦難」のポリドール~キティ時代はここで終わる。
新しい空気を吸い込んだ吉川が向かったのは、この時期の吉川晃司の多分到達点になる高み。
そしてそこからのスタート地点にもなる、「あの伝説のライブ」。
それはこの年が明けた2002年に待っている。








---吉川晃司と私 buck number---
【1】(1984~85)~出会う前~
【2】(1986)~鮮烈すぎる出会い~
【3】(1986~1988)~解体への…~
【4】(1989~1990)~COMPLEX~
【5】(1991)~LUNATIC LUNACY~
【6】(1992)~Shyness Overdrive~
【7】(1993)~10th Anniversary~
【8】(1994)~My Dear Cloudy Heart~
【9】(1995)〜FOREVER ROAD~
【10】(1996)〜BEAT∞SPEED~
【11】(1996~97)〜0015→HEROIC Rendezvous~
【12】(1999)〜HOT ROD~
【13】(2000)〜HOT ROD MAN RETURNS~

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