day by day

癒さぬ傷口が 栄光への入口

吉川晃司と私(2005)~エンジェルチャイムが鳴る夜に~

2019-11-15 | キッカワ。
「デビュー20周年イヤー」は2004年。21周年にあたる2005年2月1日で終了したことになるが、その後20周年の余韻のように追い打ちのような3枚のベストアルバムが発売された。
前年9月にリリースされたセルフカバーアルバムとは違い、基本的にはもとの音源をデジタルリマスタリングして制作された、20年を網羅した本当の意味のベストアルバムなのだが、この3枚決して「3枚組」ではなかった。
デビュー当時のレコード会社はもう存在しないのでそれをユニヴァーサルが、そしてポリドール~キティの頃の分は現在の所属である徳間ジャパンが、そして東芝EMIがそれぞれでリリースしたのだが同タイトル同テーマのシリーズとして、ジャケットデザインも統一された一連のものとして3枚一斉に発売されたのだ。こんな形でレコード会社をまたいだ企画なんてあるのかと驚いた。

また、2004年公開で「レディ・ジョーカー」、そして撮影は2004年に済まされていたようだが2005年秋に「大停電の夜に」…と映画出演も増えてきた。
そろそろ「俳優吉川晃司」も世間に気づかれ始めたかもしれない。
「レディ・ジョーカー」の平山秀幸監督は、吉川がデビューした時の民川三部作の頃に助監督を務めていたそうで、その縁でのオファーだったという。
この後吉川は平山監督作品「やじきた道中てれすこ」「必死剣鳥刺し」にも出演している。
「大停電の夜に」の役はやはり(?)出所してきたばかりの元ヤクザではあるが、収監前の恋人が密かに産んでいた自分の息子のためにサンタクロースになろうとする父親。不器用だが優しい役だった。
このあたりから数は少ないがコンスタントに役者の仕事が入ってくるようになる。

また、数年前あたりからテレビのバラエティ番組などにも顔を出すようになり、そろそろ「吉川晃司ってまだやってたの?」などとは言われなくなってきた。「最近よく出てるね」などと言われ始めたけどずっと途切れなくやっとるわ!!


アニバーサリーでもありベスト盤がいくつか出たこともあるのだが、この年もオリジナルアルバムは出ず。
徳間に移る前の数年は「毎年アルバム出てたのに出ない、蔑ろにされてるのではないか」などと思っていたのだが結局PANDORAの次のオリジナルアルバムまで約4年空いてしまうことになる。
そろそろCDが売れない時代に本格的に入ってしまったのだろうな。
不思議なもので、今回は「徳間もやっぱりいまいち力入れてくれてない」などとは思わなくなっていた。





「休養と充電」の年とされた2005年。アルバムも出ていないし、ツアーの発表もなかった。が、ツアーではないもののライブは夏と年末に「ちゃんと」やってくれた。

夏は2本。いずれも日比谷野外音楽堂での開催で、夏の夕暮れに気持ちいいライブだった。
グッズにK2マークを伝統和柄のように並べた手ぬぐいや扇子が登場したり、吉川レシピカレーが売られていたり、あの曲で使ってくれとシャボン玉セットが配られたり。
いつもと違って和やかな夏の宵だったと思う。


KIKKAWA KOJI 2005 "LIVE With xxx "(2005/7/17)

この時の日記。
KIKKAWA KOJI 2005 "LIVE With xxx"

この時のメンバー。
吉川晃司<vo. g.="">
原田喧太<g.>
小池ヒロミチ<b.>
酒井麿<dr.>
矢代恒彦<key.></key.></dr.></b.></g.></vo.>


さて、このサポートメンバーの顔ぶれ。ここ数年の「いつものメンバー」になっていた。
COMPLEX後の吉川晃司には特定のバックバンドというものは存在せず、メンバーの入替え自体はそれほど珍しいことではなかった。
けれど、ギターの原田喧太を筆頭としてこの顔ぶれがこの時期で一番馴染んでベストだと思っていたし、公式でもこのメンバーを「黄金メンバー」と呼んでいた。
しかしこのライブの少し前に、この「黄金メンバー」は今回限りで次からはサポートメンバーをごろっと全員変えるという発表があった。
今思えば「サポートメンバーを変えるからこのメンバーでやるのは最後になります」などと公式でアナウンスするって、公式もこのメンバーは特別だと考えていたんだろうな。

実際私もこの発表があってしばらく寂しくて凹んだ記憶がある。
特に原田喧太と吉川晃司のコンビネーションは本当に好きだったし、例えば「FOREVER ROAD」で喧太以外のコーラスなんて想像できなかった。喧太の煽りがない「BOMBERS」なんてわさび抜きの寿司みたいだ(←おい例え
少なくともこの時はそう思っていた。
ほらまさか数年後からあのEMMAが10年も隣でギター弾いてくれるようになるなんて思っていなかったしさぁ…
吉川はこのライブで「バンドじゃないんだし『解散』というのもなぁ」などと言いながらもこのことに触れた。
もしかしたら前年に後藤次利・村上ポンタという大御所と3ピースツアーをやったことで刺激を受けて「いつも同じメンバーで安心してしまう」ことに危機感でも抱いたのではないかと思った。
意識的なのか無意識なのかはわからないが、吉川は周期的に自分にとって違和感といってもいい環境に身を投じてそこに順応していくという作業をしなければ自分の世界がどんどん狭くなっていってしまうと考えているのかもしれない。水は澱めば腐るのだ。

この時のセトリ。


NO!Starfish from MERCURY
Only Love
雨上がりの非常階段
ポラロイドの夏
別の夢、別の夏
She's gone~彼女が消えた夜
ROUTE31
MAJESTIC BABY
LOVE SHARADE
LOVE ME TENDER
宵闇にまかせて~KISS&KISS~
LA VIE EN ROSE
無口なmoonlight
地上より永遠に
Rainy Lane
夏色の恋に着替えて
心の闇(ハローダークネス)
プリティ・デイト

=アンコール=
エロス
モニカ


今宵限りお別れの「黄金メンバー」で、このメンバーではやったことのなかった曲も数々セトリに名を連ねている。
COMPLEXの曲「LOVE SHARADE」ではラストのコーラスで珍しくメンバー一人一人が順番にソロで歌うくだりもあった。
お別れムードなんて作ってほしくないんですけど。寂しくなるやん。

そんなお別れをしたものの結局1年後にはベースの小池さんは戻ってくるんですけどね…うふふ…人生いろいろ…





そして1ヶ月後。
同じ場所で、今度は違うサポートメンバーで、もちろん違うセトリで。単発ライブが開催された。

KIKKAWA KOJI 2005 "LIVE With xxx EXTRA" 2005/8/20
この時の日記。
KIKKAWA KOJI 2005 "LIVE With xxx"

吉川晃司もついに40代に突入。これが40代最初のライブとなる。

あたらしいメンバー。
吉川晃司<vo. g.="">
弥吉淳二<g.>
NATCHIN<b.>(ex.SHAM SHADE)
菊池英二<dr.>(ex.THE YELLOW MONKEY)
矢代恒彦<key.></key.></dr.></b.></g.></vo.>


いやいやいやいや、アニーいるし(!!!)

それよかまさか2年後にお兄ちゃん(EMMA)の方がレギュラーメンバーになるなんて思ってなかった。
後に聞いたところでは、このライブの打ち上げにエマが来ていて(仲良し兄弟め…)それがきっかけで最終的にサポートに入ってもらうことになったというから人の縁とは……。


この時のセトリ。


Milky Way
ジェラシーを微笑みにかえて
スリルなモナリザ
DRAGON CRIME
CRASH COMPLEXION
ROUTE31
スティングレイ
無口なmoonlight
別の夢、別の夏
地上より永遠に
Rainy Lane
BOMBERS
SEX CRIME
JUSTICE
Crack
The Gundogs

=アンコール=
アクセル
狂った太陽
AFTER THE RAIN






休養と充電の年2005年だったが、年末には2daysのライブが開催された。

KIKKAWA KOJI LIVE 2005 "エンジェルチャイムが鳴る夜に"
at代々木第二体育館
第一夜:2005年12月29日
第二夜:2005年12月30日


この秋公開された映画「大停電の夜に」。
これは東京で大停電が起こった夜の出来事をオムニバス的に描いてゆく映画なのだが決してパニック映画ではなく、電気が消えてもパニックを起こすわけでもなくただそれぞれが抱えていた問題が、もたらされた夜の闇の中で解消されていくまるで童話のような優しい物語だ。
メインストーリーの主人公である豊川悦司が、かつて渡米して活躍したりもしていた、今は落ちぶれたジャズベーシストで現在はバーのマスターという役どころで、そのため──というよりもともとこの物語自体、源孝志監督が「マイ・フーリッシュ・ハート」(スタンダードジャズの名曲)をモチーフに書いたものということでジャズの曲がテーマとなっている。
この作品に出演した吉川はこのマイ・フーリッシュ・ハートに日本語歌詞をつけて歌った。

こういったことにインスパイアされたのだろう、このライブは幕開けは静かにジャズに耳を傾ける雰囲気で始まった。
もちろん、それだけで終わらせる吉川晃司ではないのだが。

この日のメンバーが豪華すぎて笑えてくるほど。

吉川晃司<vo. g.="">
弥吉淳二<g.>
山下洋輔<p.>
矢代恒彦<key.>
ホッピー神山<key.>
後藤次利<b.>
坂井紅介<b.>
TOKIE<b.>(ex.LOSALIOS) 29日のみ
NATCHIN<b.>
村上"ポンタ"秀一<dr.>
菊池英二<dr.>
坂東慧<dr.>(T-SQUARE)
</dr.></dr.></dr.></b.></b.></b.></b.></key.></key.></p.></g.></vo.>


これだけのミュージシャンが入れ替わりながらステージに立ち、最後には全員集合してステージ大混雑になる。年末になんという贅沢。
INNOCENT ROCKで共演した大御所二人もいればこの後事実上のバンマスになるホッピー神山が戻ってきたり、と思ったら一番若手なのにT-SQUAREのメンバーという坂東慧が初めて参加したのもこのライブだった。

セットリストもバラエティに富んでいる。

両日のセトリ。

My Foolish Heart
終わらないSun Set
SOLITUDE
SACRIFICE
Mis Fit
ODEON
Pinky Oyster
DRAGON CRIME(East & West)
BOMBERS
GOOD SAVAGE
すべてはこの夜に
VENUS~迷い子の未来
You Gotta Chance ~ダンスで夏を抱きしめて~
JUSTICE
Crack
RAMBLING MAN
Fame & Money

=アンコール=
Ever Blue
キャンドルの夜
エンジェルチャイムが鳴る夜に
a day・good night


しっとりと。あるいは狂暴に。やさしく。はげしく。
思うまま自由自在に、音楽の中を泳ぐ吉川。
また新しい世界に触れるのが楽しくて仕方ないように。

まだこれからだ。




---吉川晃司と私 buck number---
【1】(1984~85)~出会う前~
【2】(1986)~鮮烈すぎる出会い~
【3】(1986~1988)~解体への…~
【4】(1989~1990)~COMPLEX~
【5】(1991)~LUNATIC LUNACY~
【6】(1992)~Shyness Overdrive~
【7】(1993)~10th Anniversary~
【8】(1994)~My Dear Cloudy Heart~
【9】(1995)~FOREVER ROAD~
【10】(1996)~BEAT∞SPEED~
【11】(1996~97)~0015→HEROIC Rendezvous~
【12】(1999)~HOT ROD~
【13】(2000)~HOT ROD MAN RETURNS~
【14】(2001)~SOLID SOUL~
【15】(2002)~PANDORA~
【16】(2003)~Jellyfish&Chips~
【17】(2004)~20th Anniversary~
【18】(2005)~エンジェルチャイムが鳴る夜に~
【19】(2006)~Savannah Night~
【20】(2007)~TARZAN~
【21】(2008)~SEMPO,and・・・~
【22】(2009)~25周年、両刃の剣を携え~
【23】(2010)~夏と冬のGROOVE~
【24】(2011)~日本一心~
【25】(2012)~愚~
【26】(2013)~SAMURAI ROCK~
【27】(2014)~反発の30年~
【28】(2015)~骨折してもシンバルキック~
【29】(2016)~WILD LIPS~
【30】(2017)~ライブこそ人生~
【31】(2018)~武道館で、笑顔の再会を~
【32】(2019)~吉川晃司、起動。~
【33】(2020)~空に放つ矢のように~
【34】(2021)~BELLING CAT~
【35】(2022)~OVER THE 9~
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