日本国において、狼はすでに死滅している。本当にそうだろうか。10年以上前に、四国で日本狼が発見されたという真偽不明のニュースが流れたと記憶している。ところで《狼》とはいったい何ものか?作者によれば、その狼に【蛍】が一つ付いていたという。狼というそもそも存在の不確かなものに、何故か【蛍】が寄り添うように従っていた。この表現上の配置だけで、作者の意図は明らかである。狼は、もはやこの国のどこにも存在せず、ただ【蛍】が個体として作者の眼前に漂っていたのだ。同時に、蛍なる何ものかが、私たち人間にとって決して忘れてはならないものをこの世界に導き、この闇もろともに照らし出した。おおかみとは、作者が魂の源郷と位置付けた《秩父》の地にあって、いまもその存在の威を荒々しくさらけ出して止まないものであろう。そのことを、作者はおのれを【蛍】の実在に託し、わずか17音の定型詩において渾身の力を込めて私たちの前に明らかにした。・・・《続く》
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