
美女は身の敵と。むかしより申傳へし。おもひあたる事ぞかし。
こんなせりふで始まる「闇がりの手形」であるが、人殺しの罪人がどうしてもと言われて女を連れて逃げたら、木曽の街道で「木曽の赤鬼」(←誰なんだよ)がその女に惚れてしまい、宿を襲撃して女に乱暴した。女が機転を利かせて背中に手形を残したので、犯人たちは死刑になったが、被害に遭った二人も因果と思いお互いを刺して死んだという。この話には、『今昔』などの元のはなしがあるようだ。しかし、
一体、木曽を何とこころえる。
情の一夜を明すに。山風のはげしく。はや此里は。九月の末ずかたより。雪ふり初。寒さもひとしほまされど。しのぐべき着替もなく。木曽の麻衣の。ひとへなるをかさね。夜もすがら焼火して。いかき茶といふ物を呑より。外のたのしみもなし。
「木曽の麻衣」とは、麻の衣を綿をいえないで何枚も重ねて着るものだそうだ。もはや麻の十二単衣、麻のマトリョーシュカみたいなものだが、麻にくるまれた木曽人達は冬どうやって暮らしたのであろう。寒さに頭がやられたのか、赤鬼まで出現してしまったのであろう。さしずめ、あかぎれでひどいことになっていたのではなかろうか。
安吾的な「物語のふるさと」の空虚というより、なにか陰惨な感じを与える話である。先の冒頭のせりふは、――わたくしは美女は危険だよみたいなことを言うことで、陰惨さを和らげているような気がする。別に美女の存在を強く印象づけるという話ではないからだ。推移が悲惨なだけである。
それにしても、ここには政治みたいなものが欠落しているからある種の幸福さはあるのだ。罪に対しては一直線に罰がある。
「マジンガーZ」にたしかドイツの学者がつくったラインXというロボットがでてくる回がある。その学者の娘(サイボーグ)が顔だけになってドッキングすると作動し、その顔をマジンガーがぶちのめして、その娘が好きだったシローが絶望の余りマジンガーを非難する話であった。そのドイツの学者はドクターヘルを裏切った人という設定である。つまり、ドクターヘる・ドイツの学者・マジンガーをつくった兜博士という、なんかいやな三国同盟的な話なのだ。幼児の私でもすごくいやな感じがした。こんな子ども用の話にも政治的な構図が絡んでいる。これは誰が罪人なのかわからない。
われわれの世界は、政治が罰をもたらさないなら、宗教や何かでもたらそうという動きが現れてきている。考えてみると、むかしからあるから別にあわてることなんかないのであるが。