まにあっく懐パチ・懐スロ

古いパチンコ・パチスロ、思い出のパチンコ店を懐古する
(90年代のパチンコ・パチスロ情報がメイン)

「ダービー」(京楽、旧要件デジパチ)画像あれこれ

2017-09-09 23:50:56 | 現金機デジパチ

以前、埼玉・蕨のレトロパチンコ・パチスロゲーセン「殿堂・蕨店」

京楽の旧要件デジパチ「ダービー」(1990年)が導入された時、大変

懐かしくなって同店を訪問、画像を何枚か撮影させて頂いた。それを

画像ファイルにしまったまま、暫く放置してあった事に気付いたので、

この機会に陽の目を見させてやる事にする。なお、同機の詳細スペック

については、コチラの過去記事などを参照のこと。

 

ドットデジタルの接写。今日は9月9日なので、こんな出目からスタート。

「大穴」の大当り図柄も郷愁を誘う。当時の京楽といえばドットだった。

 

続いて盤面の画像。台枠や上皿に違和感を感じた方、鋭いです。

 

上皿と下皿。実はこれ、盤面自体は旧要件「ダービー」のものだが、

台枠(上皿、下皿含む)については、新要件機「サファリ3」(1991年)

以降に採用された新枠(プロモデル枠…だったか)が代用されているのだ。

本来の「旧枠」は、もう少しエッジの効いた赤っぽい枠であった。

 

盤面上部センターの「DERBY」ロゴ。兄弟機「ダービー2」にも上部にロゴが

入っていたが、字体は全く異なる(躍動感ある初代ダービーのロゴデザインに

対して、ダービー2のロゴは落ち着いた書体である)。

 

盤面右上の賞球数表示。そう、この時代のデジパチといえば、13&7(7&13)が

基本であった。ヘソに入れば7個の戻しがあるのが、当時のデフォである(無論、

6個戻しとか8個戻しとか、例外はあったが)。投資軽減に直結するこの仕様、今

考えてみれば、何とも財布に優しい良心的なスペックではないだろうか。なお、

アタッカー入賞時は13個の戻しがある。

 

 盤面センター下部のメインアタッカー。競馬がモチーフという事で、競馬のスタート

ゲート(「OPEN GATE」の表示)と馬のマークがポイント。これは兄弟機ダービー2

にもそのまま引き継がれた(新要件版ダービー3では「OPEN」及び「OVER RUN」の

表記に変更)。

 

アタッカー左脇の「オマケチャッカー」。この時代の旧要件デジパチは、大当りで

アタッカーが開くと、両サイドのおまけに流れてプラスアルファの出玉が得られた。

アタッカーだけでは13発×10カウント×10ラウンドで1300個しか出ない訳だが、

オマケがあるお陰で、2000発とか2500発とか3000発とかそれ以上とか、兎も角

釘次第でドル箱てんこ盛りの出玉に繋がった(因みに、本機の大当り確率は1/225)。

無論、「釘」が重要なファクター。店の胸先三寸で、幾らでも出玉を調整できた。

アタッカーに入賞し易くして、おまけ自体に玉が向かいづらい調整や、両サイドに

玉は流れるが、オマケ手前でこぼれ易くする調整など様々。私がダービーを普段

打っていた地元店の場合、一回交換がメインで、平均出玉は2600~2800個程度。

一方、上野の某店で兄弟機ダービー2を打った時は、初代ダービーよりアタッカー

開放時間が長いクセに、出玉はたったの1900発だった。無制限営業の代わりに

オマケの釘を辛くして、出玉を少なくしていたのだ(他に、換金率を高くして

出玉を減らす店なども存在)。因みに、このチャッカーは「START」の表記が

ある通り、入賞するとデジタルが始動(機種によっては始動チャッカーでない

タイプも)。一般的な釘調整でも通常時にたびたび入賞することがあったし、

店側が調整を誤ると、普段からオマケに入賞しまくり、幾ら打ってもデジタル

ブン回り、かつ玉の減らない(時には増える)「お宝台」と化したり…。

 

同じくオマケチャッカー。コチラはアタッカーの右サイド。釘調整によっては、

玉を当たり前のように左サイドに流すより、右打ちで右側のオマケを狙う方が、

大幅に出玉が増えたりした。但し、あまり欲張るとアタッカーに玉が流れずに

パンクしたり…。

 

 

盤面右下の証紙類。一番上に貼ってあるのが、台の製造番号(上段)と識別記号(下段)。

「B-F-G」とあるのは、最初の英文字がメーカー※で、次が製造年、最後が製造月である。

この場合、Bは「京楽」を意味し、Fは「平成2年」(昭和60年が起点の「A」)、Gが

「7月」(1月が「A」)。即ち、このダービーは、「京楽が平成2年7月に製造した」と

いう事になる。

※平成5年5月発行「完全図解パチンコ究極必勝法」(久恵多勝利・著)に

記号と各メーカーの対応表(一部)が出ていたので、参考までに抜粋

A奥村 B京楽 C銀座 D三共 E三洋 F西陣 G大一 H大同 M平和

 

因みに、当方所有の新要件版・後継機「ダービー3」の証紙を確認すると…

 

 

コチラは「B-G-C」。Bは京楽、Gは平成3年、Cは3月。つまり京楽が平成3年3月に製造。

ダービー3がホールに出回り始めたのが新要件初期の平成3年4~5月だから、時期的にも

ピッタリ符合する。

 

「666」で大当りした瞬間。本機のリーチはノーマルのみで、

左中がテンパイすると、右は速度をやや落としてスクロール

するのみ。ただ、リーチの瞬間、自動音声で「リーチ!」と

発するのが面白かった。そして、停止する時は当りでもハズレ

でもいきなりビタッと止まる。したがって、大当りの瞬間は、

個人差こそあれ誰もが「不意を突かれた」ような感覚を覚える。

この不意打ちが、実に気持ち良かったのだ。スーパーリーチで

長時間盛り上げるサービスこそないが(後続機のニュートランプ

カード2が業界初のSPリーチ搭載機)、後腐れのない、実に潔い

デジタルの動きだったと思う。しかも、本機の場合、大当りした

瞬間に大当り図柄がパッと小さく切り替わって、バニーガールの

ビッグ時でもお馴染みのファンファーレに続いて、「ラッキー!

大当り!ヤッタネ!」の自動音声で祝福。この一瞬の感動を味わう

べく、日ごろダービーを打ち続けていたようなところもある。また、

大当り中のビゼー「カルメン」の軽快な調べ(「がんばれベアーズ」

のテーマ曲と同じ)にも、心が躍ったものである。

 

数字以外の大当り図柄は、先述の「大穴」の他、蹄鉄、優勝カップ、$、馬の5つ。

画像の馬図柄も、なにげに記憶に刺さり易いデザインだった。因みに、ダービー

にはデジタルが連続回転をしている時、右デジにとある移行法則が存在。それは、

前回の右出目に対して、次回右出目が「+4~プラス6コマ」で止まるというもの。

この法則はリーチ時も変わらなかったから、これ利用して大当りの判別が出来た。

ダービーのリーチは、右デジが1周前後で止まる事が多い(6コマ以内で速攻停止

する事もあったが)。したがって、連続回転中にリーチが掛かった場合、それが

ハズレであれば、右デジは法則通り、リーチ開始から1周前後した辺りで、前回

右出目+4~6コマの図柄で必ず止まる。即ち、リーチ図柄が約一周して、ハズレ

リーチで本来停止すべき右出目を超えた瞬間、大当りと確信できた。法則崩れを

察知してから実際に当るまで、ほんの僅かのタイムラグしかなかったが、慣れると

案外簡単に判別できた。「自分一人が周囲よりも一瞬早く大当りに気付く」事で、

人知れず優越感に浸る事が出来た訳だ。なお、連続回転が途切れたり、リーチが

外れた次の回転では、法則が一旦崩れる。

 

ダービーといえば、「馬」のデモ画面を忘れる訳には行かない。デジタルが

停止してから3分間放置すると、出目が表示された状態から、馬が走る画面に

パッと変わる。今となっては大した演出ではないが、当時はこういう細かい

「芸」に感心したものだ。そして、皆さんもよくご存知の「ボンカレー打法」。

ハマリ時、意図的に3分間放置して、デモ画面に切り替えてから打ち出すと、

大当りし易くなるという噂が、攻略誌(「必勝ガイド」誌が最初だったか…)

の読者情報を皮切りに流行り出したのだった。本機の内部抽選方式から、その

ような攻略はオカルトの域を出なかった訳だが、実際、デモに戻してからすぐ

当る話もよく聞いたし、一部地域ではボンカレー攻略が仕込まれたハウス物が

あったという怪情報も出てきたりして、何かとファンの攻略意欲をかきたてる

存在だった事は間違いない。なお、「ボンカレー」の名は、調理時間の3分間

とデモ画面に切り替わるまでの3分間をかけたもの(説明するまでもないが)。

 

 

 

という訳で、それぞれの画像にあれこれコメントをつけさせてもらったが、

画像も尽きたので、今回はこの辺で終りにしたい。本記事でダービーの事を

久々に思い出された方、興味を持たれた方は、冒頭でリンクを貼った過去

記事も、ぜひともご覧頂きたい。では。

 

 

(「京楽ダービー画像あれこれ」の項、了)