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古いパチンコ・パチスロ、思い出のパチンコ店を懐古する
(90年代のパチンコ・パチスロ情報がメイン)

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溝の口B店(P.S.ビッグトップ)シマ配置図を再現(田山幸憲さんを偲んで)

2017-07-03 12:21:49 | 思い出のパチンコ店

明日、7月4日は「ナナシーの日」。


舌癌と闘病中だった田山幸憲プロが2001年7月4日に心不全で
逝去してから、もう16年になる(享年54歳)。


生前、氏がこよなく愛した名機「ナナシー」(豊丸、一般電役)に通じる日だ。


これまで、当ブログは田山さんの命日(7/4)や誕生日(10/3)やその前後に、
毎年「追悼記事」なるものをアップしてきた。2011年の最初の記事から数えて、
今回で7回目(各台の懐古記事で触れたのも含めれば、もっと多くなるハズ)。


(田山さん追悼記事一覧)

第1回(2011.8.25)
「パチプロ田山幸憲氏を偲んで」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/0c36725259e9d4fe3ed752adc79b6b90

第2回(2012.10.3)
「10月3日、今日は何の日」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/e5fd22b81111e73e9db4a576a1ceb20d

第3回(2013.7.4)
「2001年7月4日午後5時3分」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/65b86c7027b44f2a5f8d182cf0fe30d7

第4回(2014.7.3)
「田山幸憲プロを偲んで…かつてのネグラを訪問」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/bff8aef8fa27f216ca0ab1ef9af4821b

第5回(2015.7.3)
「田山幸憲さん追悼(三洋、サーカスIII)」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/60103539cc78c5d0d24a61026dfbb266

第6回(2016.7.4)
「田山幸憲クイズ(池袋編)」
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/6e02a60d2df15e758a4dd6b9542e1bba



毎年、この日が近づくと「今回は何を書こうかな」とあれこれ
思いを巡らす訳だが、控えめで、目立つのを嫌った田山さんに
「もういい加減、俺の事をあれこれ触れ回るのは、ヤメにして
くれないか」と、嫌がられそうな気もする。だが、氏の飾らぬ
実直な人柄、そして人間臭い生き様を多くの人に知って欲しい
との思いから、何かしらの記事を毎年アップさせて頂いている。
今後も、しつこく貴方の記事を書き続けますが、どうかご容赦
下さい…。


で、今年の「ナナシーの日」だが、かつて田山さんがネグラにした
溝の口「B店」(P.S.ビッグトップ)のシマ配置図(台番号入)を
まとめてみたくなった。以前にも、池袋のS店(山楽)や桜新町の
H店(パチーノヒノ)の見取図を作ったから、今回で第3弾となる。


池袋S店のシマ配置図
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/0c1851d76d1286272d8b53122c5d5987

桜新町H店のシマ配置図
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/8dcdf684944534a1db2a67d4c94514b0



溝の口B店といえば、田山さんが1993年5月~1995年5月の2年間、
自身のネグラとして通い続けたホールである(95年5月28日に突如
閉店。当初は、駅前再開発で同年「春」閉店予定だったが、その後
「秋」に修正。しかし、5月に突然閉店の貼り紙)。池袋S店時代と
比べて期間こそ短いが、黒ジャン、帽子、ヤカン君、坊や、ノッポ君、
ヒッピーといった個性的な常連らと密度の濃い時間を過ごした事は、
田山ファンならよくご存じであろう。さらには、「コウさん」という
一人の魅力的な女性と、運命ともいえる出会いを果たしたのも溝の口
時代である(コウさんは1997年1月30日に逝去)。田山さんにとって、
この地をネグラとした2年間は、深く心に刻まれた大切なものになった
ハズである。なお、現在の溝の口界隈は、大規模な駅前再開発の影響で、
90年代当時と大きく様変わりしている。


今般紹介するB店のシマ配置図は、「パチプロ日記」(※白夜書房・刊)
II~V巻などを参考にして、できるだけ記載内容と齟齬が生じないよう、
慎重に作成したつもりだ。ただ、資料不足などもあって、「完璧」な
再現とまでは行かなかったのが残念。とりわけ、2Fのハネモノシマに
関しては、2か所ある階段とシマの位置関係や、パチスロコーナーの
場所、景品カウンターの位置などを完全に把握しきれなかった。一方、
1Fデジパチのシマ配置は、日記の描写が大変詳しかった為、再現度も
高くなっているハズだ。まぁ、不備こそ多いが、この配置図が契機と
なり、B店を熟知している他の方が「改良版」を作る可能性もあろう。
今後に期待…である。

※現ガイドワークス



          ~溝の口B店(P.S.ビッグトップ)シマ配置図~
              (1993年5月~1995年5月)


(1F)



・溝の口B店は、JR南武線・武蔵溝ノ口駅(再開発前、地上改札時代)の
目の前(ロータリーを挟んだ向い)に位置。但し、東急の二子玉川駅から
乗車していた田山さんは、まず東急・溝の口駅で下車、駅前ショッピング
センター「ヤストモ」のアーケードを通り抜けてから、小さな横断歩道を
渡ってB店に入店するルートを取っていた。
(開店前に、東急側の喫茶店に通うルーティンがあった。ヤストモ内の
小さなセルフスタンドに立ち寄る事も。)

・B店は、正面(武蔵溝ノ口駅側)と左横(商店街路地)の2か所に入口が
存在。田山さんは当初、正面の入口を利用していたが、Fパワフルのシマを
テリトリーに入れて以降、横の入り口を使う機会が増えた。因みに、横の
入り口を出た右隣には居酒屋「味の大関」(勝負後に仲間と一杯やった店)、
その隣には「マクドナルド」があった。また、横の入り口を出て左前方に
川崎市バスと東急バスの発着所があり、私自身、富士通ゼネラルの近くに
住む友人の家に行く際、このバス発着所をたびたび利用した記憶がある。

・1F、各シマの概要
☆A~Fの計9シマ(計150台)。主にデジパチを設置。
☆Aは1(左カド)~22(右カド)の18台。大一「エスケープ2」。
☆Bは23(左カド)~55(右カド)の18台。三共「フィーバークイーンII」。
☆Cは56(左カド)~77(右カド)の18台。平和「ダービー物語」→
平和「綱取物語」。
☆Dは78(左カド)~110番(右カド)の18台。平和「ダービー物語」→
豊丸「ピカイチ天国V」→西陣「花百景」→西陣「あんたはエライEX」→
三共「フィーバーファンタジーII」
☆Eは111(左カド)~132(右カド)の18台。平和「麻雀物語」→
三共「フィーバーキングII」
☆Fは133(左カド)~165(右カド)の18台。平和「麻雀物語」→
西陣「春夏秋冬」→三共「フィーバーファンタジーII」
☆Gは166(左カド)~187(右カド)の18台。三共「フィーバーガールズI」
☆Hは188(左カド)~212(右カド)の12台。三共「フィーバーパワフルIII」
☆Iは213(左カド)~227(右カド)の12台。三共「フィーバーパワフルIII」
☆田山さんが「入口に近いパワフル」「表のパワフル」と言っていたのはIシマ。
☆「裏側のパワフル」とか「反対側のパワフル」と言っていたのはHシマ。
☆当初、HかIに平和の爆裂ハネモノ「ニューヨーカー」→その後、2Fに移設。
☆横の入り口に面するIの背後には立見客が多く、田山さんも度々言及。

・階段は計2か所。CとDのシマの中央通路を抜けた突き当りの階段1と、
横の入口近くにあった階段2。田山さんは、Dでダービーやピカイチを
追っていた頃、階段1を使って2Fのハネモノシマもチェック。その後、
パワフルIII(H、I)やガールズI(G)が守備範囲になると、シマに
近い側の階段2から2Fに上がるように。但し、D「あんたはエライ」を
チェックするようになり、再び階段1メインに戻った。


(2F)

・ハネモノは計4シマ(他にパチスロが2シマ)

・2F、各シマの概説
☆Jは228(左カド)~238(右カド)の9台。三共「フライングカーペットII」
☆Kは250(左カド)~266(右カド)の14台。京楽「たぬ吉君2」
☆日記(B背時代)で一番多く登場したハネモノが、Kのたぬ吉。
☆Lは267(左カド)~283(右カド)の14台。平和「ペッタンラビット」
→大一「ザ・名古屋」
☆Mは285(左カド)~310(右カド)の13台。平和「ニュービッグシューター」
→平和「ニューヨーカー」
☆K、L、Mの中央付近には、シマを左右に分ける「柱」が存在。
☆1Fから2FのMシマにニューヨーカーが移った際、12台の機種が
13台シマに入ったので、1台分足りなかった。その為、左カドの
285番だけニュービッグシューターを外さず、そのまま設置した。

・先述の通り、当方の資料不足により、2F階段とシマの位置関係とか、
景品カウンターの位置、またパチスロシマの位置など、イマイチ把握
しきれなかった。ひょっとすると、シマの向きなどが上図とは違って
いる可能性もある。日記には、「階段1」を上がった目の前がたぬ吉の
左カドだった事、「階段2」を上がるとフライングカーペットの方が
先に目に入った事、さらにLシマの280番が景品所(カウンター)の
目の前に位置した事などが書いてあり、それらも考慮に入れた場合、
上図の配置が自然に思える。ただ、当方が全くもって勘違いしている
ケースも考えられるので、一応の「暫定版」と捉えて頂ければ幸いだ。





そんな訳で、日記の(II)~(V)をお持ちの方は、ぜひ一度、この
シマ配置図を見ながら、再度読み返して頂ければと思う。田山さんの
B店の立ち回りが、より「立体的」に見えてくるのではないだろうか。
なお、同書はKindle(電子版)が販売(配信)されているので、興味
ある方はご購入を。




※余談だが、数日前、本記事の取材を兼ねて溝の口まで行った際、
南武線側のビルに入っていた「ライジング・サン」(B店閉鎖後、
同じ経営者が新たに開業したとパチプロ日記で読んだ覚えがある)
というパチ屋のビル屋上看板(店名の青いロゴマーク)がすっかり
外されていた(その跡が、白文字の如く薄っすらと残っていたが)。
3年前の7月に訪問した時には、まだ残っていたのだが…。かつて、
花火やカブトなど思い出深い実戦も多かったホールだけに、その
「象徴」がまた一つ消えた事を知って、一抹の寂しさを覚えた。



※よくよく考えたら、田山さんの池袋の次のネグラが溝の口に
なる事は、ある意味で「運命」づけられていたのかもしれない。
電車の「駅名」を見ていて、ふとそう思った。件のB店は南武線・
武蔵溝ノ口駅前にあったが、この駅の隣が「津田山」で、見事に
「田山」の2文字を含んでいる。また、武蔵溝ノ口駅の逆隣りは
「武蔵新城」で、新たな城、即ち「新しいネジロ」がピンとくる。
こじつけに過ぎないかもしれないが、池袋を去った田山さんには、
これらの両駅に挟まれた武蔵溝ノ口が、ピッタリのエリアだった
気がしてならないのだ…。



(溝の口B店(P.S.ビッグトップ)シマ配置図の項、了)