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充電日記     

オフな話で一息を。

人徳?

2010年10月24日 | 社会・生活
・学会2日目、昼御飯を学食で。カレーライスを注文、出てくるのを待てば鯨カツを発見。つい頼んでしまう。先輩のS野・K林さんが会食してるところへ合流。

・食堂を出るとき、ドアの手すりの付け根で怪我をしてしまう。親指の爪が1/4ほど一瞬折れかえってしまった。何とか学会受け付けに行き、
「消毒液、ないでしょうか」
「ああ、さすがにそこまでは。絆創膏ならあります」
と、以前委員をやっていたときにお世話になった事務局の方。そこでK林先輩、
「まぁ、指一本、切り落とせば大丈夫だよ」
「はぁ…… いえ! それではいけません!」
と私。

・う~む、K林さんに言われると、「それもそうだな」と妙に納得してしまう。もちろん、事が事だけに一瞬だけれど。口調がよいのだろうか、人徳だろうか。

ゼクシィ・トレイン?

2010年09月14日 | 社会・生活
・そうそう、土曜日の研究集会(名古屋大学)からの帰り。地下鉄を乗り換えたところで乗ってしまったのがこれだったらしい。中吊り広告が四角じゃないんだ。レースのテーブルクロスのように∪∪∪型。壁の広告はパステル系の水色のと桃色のものが交互に貼られている。その3種で車内が満たされているのだ。いたたまれない。

・女性専用車両だったのだろうか。とすれば、いよいよ我々男どもはいたたまれないが、あたりを見回せば男の方が多い。ほっ。少なくとも専用車としての運用時間帯ではなさそうだ。いや、そんなことより、もっと問題がある気がする。

・女性専用車両だったとして、これだけ「結婚してよかった」「大切な人たちを喜ばせる」……とかなんとか書いてありまくるんですが(なんだこの日本語は)、一種、セクハラが成立するんじゃないんだろうか。いわゆる縁遠い女性に対しては。

・同行のある方、「いやいや、ゼクシィだからやるんですよ」。たしかに結婚する人が少なくなれば商売が成り立たないのは分かる(ひょっとしたら少子化傾向に歯止めをかける決めてになるかもしれない?)。だから、宣伝をするなとは言ってない。こういうやり方に問題はないか、企業としての良心はどうなのか、と思うんです。

・数打ちゃ当たるとばかり、新語を繰りだす女性ファッション誌のノリか。まぁ、中京地区には「生前見積もりはいかがですか」とのCMを発する葬儀会社があるくらいなので麻痺しているのか(諸CMはこちら。「生前見積もり編」(副題なし)は、何度見てもH大のHY氏に見える)。


消夏法2

2010年07月25日 | 社会・生活
・涼感具(とでも言うのか)もさまざまありますね。保冷ジェルを使った枕タイプのは以前から使ってます。一晩使ってもカバーから出せばまだ冷めたい。キーボードの前においてハンドレスト代わり。盛夏の前後なら、枕ではなく、クーラーボックスの保冷剤に使ってます。いろいろ使えるヤツ。

・首に巻くタイプのは要注意。冷凍庫に20分も入れていない状態で首に巻けば…… 初めはそうでもないんですが、5分も巻いてれば効いてくる。しばらくつけっぱなしにしていたら、血流が悪くなるのか、肩が凝るような、貧血の予兆の予兆の予兆のような感じに。あくまで、日中の肉体作業やスポーツ用なんでしょうね。もちろん、首には短時間にして、他の部分に巻いたり持ったりすればいい。巻ける、輪状にできるのは重宝。

・実は、ジェルタイプのベッドシーツタイプのを注文したんですが、少し不安になってきた。もちろん、冷凍庫に入るはずもないので、冷やしすぎはないんですが、どうなることか。

・デスクトップ上では壁紙を。京都・鴨川のアオサギですが、以前紹介したもので申し訳ない。曇天なので、日差しを感じなくて済むのがよいかと。クリックすれば別窓で開きます。


私の消夏法

2010年07月21日 | 社会・生活
・大したことじゃないけれど、メントール責め、に尽きます。

・クール系入浴剤。効きますねぇ。ありがたい。扇風機だけで十分涼しいぞ。ただ、皮膚感覚がちょっと麻痺する感じになることもある(時とともに回復する)。「スーパークール」なら、量が少なくても効くことになるからお買い得(と書きながらも、今の風呂釜は1穴式で焚き直しできるタイプなので、入浴剤は自粛中なんです。捨てるばかりの2日目のお湯なら構わないかな)。

・クール系シャンプー。トニックシャンプーとかいくつか出ていますね。どれでも良さそうですが、牛乳石鹸のが(あまり売られていない?)少しよいかもしれません。清涼感が長持ちする気がするんですが、持続剤が入っているとのこと。ちょっと海草のような香りもします。

・クール系ボディシャンプー。入浴剤替わりにシーブリーズのを使っています。が、入浴剤にはかなわないか。すぐに濯がないようにするといいのかな。試行錯誤中。

・クール系薬用ローション。こちらもシーブリーズ。起き抜けの洗顔時とか。腕・足の、汗疹がでそうなところとか、空気に触れにくいところとか、汗の出やすいところとか。

・香りにも気を使いたい。一時凝っていたのはヒバ・スプレー。何ということはない、昨年の津軽旅行で行った斜陽館裏の木工所から「ご自由にお持ち帰りください」とのヒバの鉋屑を、水とともにスプレーボトルに入れただけ。一吹きすれば北国・津軽が広がる……(袋まで備え付けてあったので、ついいただいてきました。妙な青森土産)


論理的思考力のゆくえ

2010年06月30日 | 社会・生活
・同僚から聞いたんだけど、たとえば、この手の話。ファンタジーと現実の区別のつかない人間がいるらしい。困ったことだ。「あいまいな日本の私」どころではない。
・理系離れが叫ばれて久しいが、では文系が安泰かといえば、まったくそんなことはない。理系離れというのは、実は「好奇心喪失」とか、「論理的思考力の減退」とかいうべき問題である(なんだか前に書いたような気がしてきたが、こちらか)。ものごとを深く探究しようとする気持ちが育っていないのだ。
・また、探究のためには、相応の道具立てと論理的思考が必要だということも忘れられがちである。誰でもできるのが科学という手法だけれど、では何の準備もスキルもない人間にできるかといえば、それはまた別の問題である。そうしたことが理解されていないのだ。広く学術の危機として捉えるべき問題である。
・物理学会会員であろう「九州大学の助手」が、その実験をして研究発表をしたとか。本当だろうか。これはこれで、にわかには信じがたい。学会の研究発表の前には、学内で検討会があったり、指導者・指導教員が何らかのアドバイスをするもので、何段階もブレーキをかける機会がある。もちろん、学会だって、なんでもかんでも発表させるわけではなく、相応の見識で篩いにかけているはずだ。もし、そうした難関(?)をスルーして発表までたどりついたとしたら、暗澹たる気持ちになる。第2・第3のオウムが出てくるのは時間の問題だからだ。
・この種のトンデモは、宗教的な何事かと通底する部分がある。端的にいって「信じる」ということだが、どうも日本人は何でもかんでも信じてしまうらしい。もう少し宗教とは何かを学んで、信ずるに値するものを学んだ方がよいのではないか。その意味での宗教教育が必要になってきているように思う。
・お寺の和尚さんは、「合掌は、手のシワとシワを合わせてシアワセを願うものです」なんてダジャレにも劣るゴロ合わせを言っている場合ではない。仏の教えをかみ砕いて説くのは結構だが、世迷い言にしてしまっては元も子もなかろう。こういうところにも、遠因がある気がしてならない。仏教教学は、そうしたものではないはずである。人間とは何か、人間を人間たらしめているモノ、あるいは生命というものを、東洋流に追究した哲学であろうから。その一端を学ばせるだけでも、宗教観は異なってくるのではないか(偉そうに言ってるけれど、大学1年時にとった教養科目「宗教史」の知識をほぼ出ないのだが)。

武藤浩二「水からの伝言と学校教育」。長崎大学のリポジトリより。

趣味つながり

2010年03月23日 | 社会・生活
・構内を駐車場に向かって歩く。今日の晩飯はカレーか味噌ラーメンか……シンポジウムの原稿、どうすんべぇなどと考えながら、ぼーっと歩いていると向こうから声をかける学生あり。
「先生。佐藤先生!」
「お、おお。元気?」。
お久しぶりの3年生。オケの会合の後らしい。
「今度、ドボ9、やるんです。きてくださいね」
名曲どまんなかを避けてドボ7・8あたりでくる楽団が(どっちも好きな曲だけどね)、ドボ9とは……感慨があります。成長したなぁ……って、何様ですか。
「いくよ、行くよ」(ドボ9、ドボ9……えーと、そだそだ)
「ホルンだったよね」
「はい、今年はトップです!」
「うわっ。第4楽章の最後の最後で、ホルンに死ぬほどフェルマータかける演奏もあるんだけど、大丈夫かい?」
 小沢=サンフランシスコ響だったかな。30年以上前の録音。違う?
「指揮者の先生次第なんですが……」
「ま、そりゃそうか」
「サマコンなんで、教採直前なんですけどね」
「うう、ますます心配だなぁ。がんばってな」
「はいっ! じゃチケットもっていきます!」
高々と手を挙げて振っている。
どっちも大丈夫そうだね。
こっちが元気もらったかな。

服装指数

2010年01月10日 | 社会・生活
・出張先の気温は気になるもの。服装の準備にも関わるからね。で、日本気象協会の服装指数が便利…… なんですが、この表示、服アイコンの数が多いほど暖かいらしい。逆の方が分かりやすいような気がするんですが、どんなものでしょうか。見方を間違えていますか?
・東京に来てますが、東京駅のエキナカ展開はますます進んでますね。特に地下。以前来たときより、また店が増えてる気がします。

最近の勧誘

2009年12月15日 | 社会・生活
・今年の後半からくるようになったブランド品の案内メール。書き出しが「親愛なる顧客!」とあって喫驚した。全体的にも、間違いじゃないが、日本人なら言わない式の日本語だった。
・「太陽光発電のおすすめの電話です。一戸建ての方に御案内しているんですが、一戸立ててでしょうか」
「違います」(がちゃ)
調べてからかけてよねと思う反面、調べられたそれはそれで不気味。
・「こちらは、北海道の○○○○ですが、カニの販売の御案内に電話いたしました。カニはお好きでしょうか」
「好きです。ですがね」云々。
この電話だけで注文する人もいるのだろうか。いや、いない。しかし、余計な装いのない話振り・声質には無下に断りにくいものを感じる。それが実はねらい? でも、つい言ってしまう。食品の、こんなダイレクトだからこそ、不安な勧誘はありえません。せめてネットとか、インターネットですよ、そうしたものを利用した方が宣伝費もわずかですみますし、労力にみあった結果が得られると思いますよ…… なんで私がこんなことまで言わねばならん?
・久しぶりのマンション勧誘電話。装いまくり。「東京はー、一等地になりますー、高層マンションのー」云々。聞きおぼえのある、人格を故意に入れ換えてるんだろうな的なテンション。あまりに、行っちゃっている振りが見事なので、つい説教してしまった。
「そんなテンションで話しますか? 普段と違えすぎ。そんな人の話は信じられません」
「あ、はは、ははは、はいっ! 出直してきますっ!」
これがまた、爽やかな話振りだった。この人の話なら聞いてみようか。
・みんな一生懸命なんだろうな。でも、全部に応えるわけにはいかないんだ。ごめん。

年を経ると

2009年11月09日 | 社会・生活
・年を経ると、自分の考え方がまるっきり異なっていた、なんてことがたまにある。学問上のことならそれは成長を含んだものであろうから、自身でも許さざるをえない。というか、それを許さなければ進歩はない。仕方のないことである。そう考えれば、何も学問上のことではなくとも、成長の裏付けがあるのであれば、許すべきもの、ということになる。
・ところが、何かの気まぐれや、行き当たりばったりにしてしまったことについては厄介。厄介というか、我ながら美しくないと思う。客観的には。ただ、そうした事態は自覚できないもの。なにせ、気まぐれ・行き当たりばったりに決めたんだから、即座に忘れてしまっている。自覚しようにも、元となるはずの事態を忘れているのだから、いくら照応しようとしても無理なことなのだ。
・ぞくりとする。実は、そういうことを沢山しているのではないか。自分に向かうタイプの行為ならまだいい。他人様(ひとさま)の迷惑にはなっていないのだから。問題なのは、他人との付き合いや約束事の場合だ。ああ、行き当たりばったりな発言をしてきたような気がする。