五
寺家中へは、
直ぐに桃丸悪病の噂さが拡まつたが、真つ先きに見舞に来たのは三荘で、彼れは其の苦み走つた吊り髭の顔を庫裡の入ロに現はすと、
嗄れた声で二た
言三
言、お加代に話してから、ずいツと病室ヘ
入つて来て、元気よく尻引ん
捲つて桃丸に毛脛を見せつゝ、
枕頭へ
胡座をかき、
『
坊んち、到頭やりなはつたなア、これも付き合ひの一つやよつて仕様がおまへん。この
病には
葱の腰湯が一番や、
わたへが
今葱刈つて持つて来たげたさかい、あれで腰湯使ふてみなはれ、屹とえゝに違ひない。』と元気よく言ひ\/、桃丸の額へ手をやつてみて、
『あゝだいぶん熱がある。雪隠通ひが
敵ひまへんで、
わたへはなア、六折の紙を枕元へ置いといて、 一枚づゝ持つて行きましたが、一晩でないようになつたよつて、二六十二の百二十遍行きましたんや。』と
尾籠なことを手柄話のやうに言つて、自分も笑ひ、桃丸をも笑はした。
三荘が
去んでから、お加代は早速五右衛門風呂で葱の湯を熱く沸かし、それをば底の腐りかけた大盥へ取つて、
『
坊ん、三荘はんの言ふたこと、早やうしてみなはれ。』と、病室に向つて呼んだので、桃丸は
身体がぐつたりして、おとましいのを、癒りたい一心によろ\/立ち上り、竹を張つた床の
毀はれてゐる風呂場へ行つて見ると、葱の臭ひが病の
身には
厭やな気持ちにプーンと鼻を衝いて、ふら\/と
逆上せさうになつた。熱いのを辛抱して、盥の湯に腰を浸すと、成るほど腹の工合が
覿面に快くなつて、引ツ切りなしに催してゐた便意も礑と止まつた。
これでもう悪い病は、ちやんと癒つたのであらうかとさへ思はれて、桃丸は嬉れしくてならなかつたが、湯から上つて少しすると、腹の工合はまたもとの如く、鬼瓦でも呑み込んでゐるやうになつて、ごろ\/と少し鳴つた。
少しばかり
うと\/として、
十ツさんの斧の音を夢の中に聞いてゐると、近いところに人の声がざわざわして、枕頭には黒い服の巡査と、役場の
喜之はんと、赤松の坊主医者とか、顔を揃へて立つてゐた。
『坊んち、やりましたね。』と、喜之はんは村で唯一人の
江戸弁を使ふて、ニヤ\/笑つた。坊主医者と言つても、これは西門徒で、頭の毛は人並みよりも長く散髪にして、左の方で綺麗に分けでゐる。『
此奴が
わしを殺しよるのか』と、東門徒の桃丸は悩乱した心の
中で思つて、睨むやうに坊主医者の顔を見てゐると、
「お
前はんの商売は、どツちへ転げても
落さずや。二た道かけたアるよつてなア、世の中にこんな
ぼろいことはない。‥‥死んだらお布施、癒つたら薬礼、‥‥』なぞと、
冷かされ
付けてゐる坊主医者は、仔細らしく羽織を撥ねて座つてから、黙つて桃丸の脈を取り、舌の色を見たりして、背後に突ツ立つたまゝでゐた
喜之はんを振り向いて、
『いやもう。
正真正銘紛れなしや。‥‥随分
性の悪い方で、なか\/重いなア。』と、首を傾けた。
『あゝ
左様か。』と、
喜之はんは気楽さうに言つて、土間の方へ大きく、『そんなら
重たん、消毒しなくちやア。』と、石炭酸の大瓶を持つて上り口に控へてゐた小使の重太郎を
江戸弁で呼んだ。
巡査の
指図通りに重太郎が、本堂の須弥壇へまで石炭酸を撤きに行つてゐる間に、桃丸はまたうつら\/として、今其処に突ツ立つてゐた
喜之はんの顔を.半ば夢の中に描き出してゐた。
頭の毛は薄いけれど、喜之はんはまだそんなに老人でもない。さうして
年齢に
比べては大きな娘があつた。今年十七で、
細面の色の白い、
喜之はんによう肖たおもざしで、頭の毛もさう薄くはなく、
寺家で一二の
容貌であつた。されば若い衆の品さだめにも上ることが多く、毎晩の
夜遊に若い衆は
てんやもん屋の床几の上で、お縫さんといふ名を
流行唄の中へもぢつて
入れたりした。
其のお縫さんが、十七の花の姿を、冬になれば鴨や鴛鴦の浮く赤松の大池に投げて死んだのは、この七月の土用の
入りの日で、家々には
腹綿餅が出来てゐた。お縫さんもお昼に
腹綿餅を三つ
喰べてから家を出て、其のまゝ夜になつても帰つて来なかつた。親一人子一人の家で、喜之はんは、役場から戻つて娘の身を案じつゝ、方々を探し
廻はつた。
温和しい
質で、若い衆が夜遊びをする
てんやもん屋なぞへは一遍でも
寄り
付いたことはなかつたが、
喜之はんは丹念にそんな
家まで一々尋ねて、
『ひよツと、家のお
縫が来てやしまへんか。‥‥』と、もう
江戸弁どころではなく、太い地声で
訊いて歩いた。
喜之はんが自慢の、小ひさな眼覚まし時計が、
欅の机の上で
丑満の二時を指すまで、喜之はんはたつた
一室の狭い家を出たり
入つたりしてゐたが、お縫さんは遂に戻つて来なかつた。
其の夜はまんじりともせず、翌くる日は夜の引き明けから、村の
あるき夫婦を頼んで、山の中や川の端を探し廻はつてゐると、午後の三時頃になつて、白い浴衣に赤い帯の
映え合ひのよいお縫さんが、
俯向けになつて、大池の
碧い水の上へ
浮きあがり、
晒したやうに美しく乱れ漂ふ長い髪の毛には、一筋の藻を引つかけてゐた。
朝から何遍となく、この大池の堤の上へ来たのであるが、お縫さんは底深く沈んでゐたのであらう。一昼夜すると一旦は浮きあがつてまた沈むといふ昔しからの言ひ伝への通りにして、父に其の浅ましくもまた美しい姿を見せたお縫さんは、やがて堤の青い草の上に、女郎花が一もと、ひよろ\/と寂しく咲いてゐるあたりへ引き上げられて、水を吐かさうと父の手で、真白なお腹を押へられたり、藁火で温められたりしたけれど、手当の甲斐はなかつた。五六人の村人に混つて、手提鞄片手に駈け付けて来た坊主医者が、仔細らしく丸薬を紫色に変つた唇の中へ押し込まうとしても、白い歯がチラと見えたゞけで、堅く結んが[だカ]唇は開くよしもなかつた。
『きんのは島田に結ふて、桃色の鹿の子
懸けてはつたがなア。』と、近所に住む木挽の嚊は、真ツ黒な瓢箪のやうな乳房をだらりとさして、背中で黒い
洟を垂らしてゐる大きな子を
揺ぶりながら言つた。
『
坊んち、えゝもん見に行きなはらんか。若い
別嬪の
検死や、滅多に見られへん。‥‥目の正月しなはれや。‥‥』と、役場の助役が、石段の下から声をかけて呉れたので、桃丸は、
『一所に見にいても
だいでおまへんか。‥‥』と、連れ
立つてゐる巡査を憚りつゝ助役に言ふと、
『
あんたのこツちや、
大目に
見とかう。』と、助役は笑ひながら巡査を顧みたが、巡査も笑つて
点頭いたので、桃丸はピリ\/と破れかける縮緬の兵児帯を溶衣の上に締め直して、検死の一行に随いて行つた。
群がつて来た村人たちを遠慮さして、検死が青い草の上で行はれた。助役と巡査と
喜之と医者との四人が、美しい死骸を取り巻いて
蹲踞むと、桃丸は其の横へ小ひさくなつて立つてゐた。助役に許され、巡査に黙許されてゐるとは言ひ
條、
喜之はんや、遠くから様子を窺つてゐる村人たちに対してきまりがわるく、
居工合がよくなかつた。それでも
其処を立ち
退くことは残り惜しくて、一二尺
後退りして、長く伸びた
薄の脇に足を踏み締めた。
『
あんたはお寺はんや、其処に
居とくなはれや。‥‥
あんたが口のなかで念仏申しておくなはつたら、この
娘も浮ばれるやろ。』と、薄羽織の上から白い兵児帯の透いて見えてゐる助役の声が、この場の
静寂を破つたので、
喜之はんも萎れ切つた顔を
此方に向けて、淋しい
微笑を浮かべつゝ、桃丸に黙礼した。桃丸はもう誰れに遠慮も
要らんと思つて、また少しばかり死骸の方に近寄つたが、医者は先づ水の滴る赤い帯を
解いて、お縫さんの浴衣を脱がさうとしたが、其の途端に長い\/袂から、美しく磨いたやうな石が三つ四つ、ころ\/と出たので、人々は今更に哀みの眼をしばたゝいた。
小ひさな人形でも扱ふやうにして、医者は死骸を改めつゝ、古風な矢立を取り出し、青い罫紙へ検案書を書いてゐると、其の
円い背中へ、曇つた
空の黒い雲の中から出た
西日が、劇しく照り付けたので、
喜之はんは
周章てゝ、持つてゐた繻子の蝙蝠傘を拡げ、娘の
亡骸と医者とに
翳しかけた。
『妊娠四ケ月の見込み‥‥』と、検案書の末へ、医者が黙つて書き付けたのを見た人々の顔には、驚きの色が一時に浮んだ。喜之はんはあらぬ方角に眼をそむけて、口をもぐ\/さしてゐた。――
病の苦痛を忘れて、真夏の日の痛ましい出米事を、こんな風にいろ\/と夢とも
現ともなく思ひ浮ベてゐると、桃丸はいつしか秋の半ばの
冷かな時候から金を溶ろかすやうな真夏の暑さに後返へりしたと覚えて、身体中が一時に
火照つて来た。
ハツと気が付くと、お縫さんの美しい亡骸があり\/と
横はつてゐると思つたあたりは、丁度病室の床の間で、望玉泉の筆になつた曳舟の幅が懸つてゐた。父が遺愛の掛け物も、
何時かは米代になるであらう。いや\/自分がこの病気では今度いよ\/薬代になつて了うであらうと、悲しいことを考へて、其の画を見つめると、長い
綱で川舟を曳いてゐる蓑を着た男の眼が、まさしく自分を見て、別れを告げてゐるやうであつた。
眼を
瞑つてうと\/とすると、またお縫さんの真ツ白に美しい亡骸が、あり\/と眼の底から浮んで来る。
温和しくて、固い一方と誉められてゐたお縫さんの、妊娠四ケ月といふのは、皆んなが不思議に思つてならなかつたけれど、よく視ると、素人にも分る身持ちの
しるしが現はれてゐたのと、それをほかにしては身を投げて死なねばならぬ訳がないらしいのとで、到頭さうと
決まつて、
『あの
娘可哀や、‥‥白歯で
身持ち。‥‥』といふ
唄が、この夏から村に
流行り出した。
お縫さんの恋の相手といふのを、
寺家の
衆はさま\゛/に
噂したけれど、一つも確かなのはなかつた。
宛然月夜に釜を抜かれたやうぢやと言はれてる親の
喜之はんにも、心当りが全くないといふのである。
自分こそ、その恋の相手ぢやが、気が付かんかい、と言ひたげな顔をする息子どんが、三人や五人でなかつたけれど、そんなのは兎てもあかんと人々に
否まれた。
これはもう存じも寄らんところに相手があるに違ひないと、果ては桃丸が少しばかり疑ひをかけられた。『あの検死の時
坊んち一人が
ねきに
居たやないか。』といふやうなことから、この疑ひが起つて、『
喜之はんは知つてゝ知らん振りしてるんや。』とまで、突つ込むものも出来た。
『赤松の大池にや、大けな
のしが
居る。何んでも五尺からの鯡鯉ぢやけな。其の鯡鯉が雨の降る晩、八百屋お七の芝居に出る吉三郎みたいな
風して、お縫さんの
家へ来た。其の晩は喜之はんが役場の宿直で、‥‥』なぞと言ひ出すものも
出て来て、『さうやら知れんなア。』と、合槌を打つものやら、『さうやつたら其の鯡鯉が大池へお縫さんを呼び寄せたんやろが、そんなら何んにも一旦沈んだお縫さんを浮かして戻す筈があろまい。』と、
讃を入れるものやらで、悪い病の
流行り初める頃まで、そんなことが村いツぱいの噂になつた。――
桃丸はまた夢のやうに、こんなことを思ひ出しながら、高い熱の苦しさに、うーんと覚えず
唸る。』と、
何時の
間にやら、あの坊主医者が、今度は検疫医でなく、普通の診察に
枕頭へ座り込み、
『
何うだすな、だいぼん苦しいやろ。』と、小指の爪を長く伸ばした白い手を出した。其の手が、この真夏に赤松の大池の堤の女郎花が咲いたところで、お縫さんの白く美しい亡骸を撫でゝゐた時其のまゝの恰好であつたので、桃丸はブル\/と慄へて首を縮めた。
十ツさんの木を割る斧の音が、まだ丁々と聞えてゐる。
*
――つづく――