人間観察「Tと云う、つぶやき、怒鳴り、恫喝する人」
こんな人見たことない。一応職場と生活を共有して、数ヶ月。仕事の指示、打合せ以外、殆ど会話無し。人間嫌いで、心を開かない。だから、此方も話し掛けない。見事な位、自分にしか関心が無い様だ。他の人達にも同様なので、自分だけが嫌われている訳でも無いらしい。注目すべきは、絶えず漏れ続ける独り言。
発見だったのは、独り言って他者が眼中に無いので、不明瞭で脈絡が無くても本人は平気な事。但し、聞かされる方は、普段聞いたことの無い日本語(伝達が前提では無い言葉!)なので違和感が伴う。、泥酔した輩が簡単にこういう状態に成るので、それ程珍しいことではない気もするが、正気を保って(だと信じたい)泥酔状態は流石に不気味である。何かに熱中した状態、例えば詩人とか音楽家が精神活動に対応した音を出し続ける事は有りそうな気もするが、これは想像や妄想が引き起こす事であって、常態で起こることではないだろう。
人間は精神活動を言葉に依って行なっている、とするならば心の動きをそのまま言葉として発するのは、社会や個人の習慣として有りうる事なのかもしれない。しかし「口は災いの元」であるからして、成長に従って口を閉ざすことを習得して行くのであろう。しかしそういう必要の無い人や必要だと気がつかないで齢を重ねる人生が有りうる事は想像出来る。多分社会生活が人間に沈黙を強いるのであろう。確か吉川英治の「新平家物語」だったと思うが、上洛した木曽義仲が田舎者で、「黙考の習慣」を持たない、つまり発話しながらでなければ考えられない人間として描かれていた。小説ではそれが失脚の原因の一つになるのだが、Tの場合もこう云う事なのだろうか。あと、昔は音読しなければ、読書が出来ない人が多かったと云う話を聞いた事がある。思考と発話の関係は訓練と社会状況が大きく関わって来る、と云う事なのだろう。
因みにTは「ネイティブなのに、日本語が下手である」語彙も豊富とは言えない。昔の、余り会話をしなくても生活出来た農民もこんな感じだったのかも知れない。
興味深いのは、絶えず漏れ続きる発言の内容がかなり凄いと云うこと。以下実例を上げる。
Tの発言
キーワード
半端、入れ墨、馬鹿野郎、ウンチ、地獄、けんか、チョンマゲ(昔の日本人は全てこれで済ます様だ)
、スフィンクス(凄い飛躍だが良く出て来る)
基本的に誰かに対する小言、恫喝、説教の様に聞こえる。
怒鳴り声と言ってもいいレベルの時がある。
時折ハミング様の同じメロディらしき物がはいる。小生には、スポーツの表彰式の音楽の最初の部分らしく思える。
意識はしっかりしているらしく、怒鳴った直後に、物を食べたり、掃除したり、部屋から出て手洗いに行ったりする。
朝、四時半出発の日、三時半頃から怒鳴り続けたことも。
基本的に個室に閉じこもりがちである。出て来た時は独り言は少なく、声も小さくなるが、人前でも全く無くなる事はない。
仕事終わりで一息つく、一番リラックスする時も独り言。今日は何か考えてる模様。割と冷静。怒鳴ってはいない。戦争の事は関心があるらしい。急に「何だよう、馬鹿野郎!」いったい誰のことか?明らかに会話している。
「うるせえよ、ここ、日本の会社なんだから、」 相手は三国人?
「お金よこせよぉ、この野郎。」
「いいんじゃねえかよ、ここ日本の場所なんだからよぉ。」
「日本中回ろうとしてんだからよぉ。」
「ちゃんとした身分なんだから、よぉ、半端ぢゃぁなく。ちゃんとお金よこせよぉ、馬鹿野郎! 」 (相手は韓国系の雇い主?)
「オーストラリアはアジア、、、」サッカーのW杯予選位しか考えられない。
まとめ
今日では警察沙汰物の内容である。限りかい憎悪と心の闇がストレートに浮かび上がって来る。これらの事は、過去実際に有った出来事に由来する物なのか否か。実に興味深い。
こんな人見たことない。一応職場と生活を共有して、数ヶ月。仕事の指示、打合せ以外、殆ど会話無し。人間嫌いで、心を開かない。だから、此方も話し掛けない。見事な位、自分にしか関心が無い様だ。他の人達にも同様なので、自分だけが嫌われている訳でも無いらしい。注目すべきは、絶えず漏れ続ける独り言。
発見だったのは、独り言って他者が眼中に無いので、不明瞭で脈絡が無くても本人は平気な事。但し、聞かされる方は、普段聞いたことの無い日本語(伝達が前提では無い言葉!)なので違和感が伴う。、泥酔した輩が簡単にこういう状態に成るので、それ程珍しいことではない気もするが、正気を保って(だと信じたい)泥酔状態は流石に不気味である。何かに熱中した状態、例えば詩人とか音楽家が精神活動に対応した音を出し続ける事は有りそうな気もするが、これは想像や妄想が引き起こす事であって、常態で起こることではないだろう。
人間は精神活動を言葉に依って行なっている、とするならば心の動きをそのまま言葉として発するのは、社会や個人の習慣として有りうる事なのかもしれない。しかし「口は災いの元」であるからして、成長に従って口を閉ざすことを習得して行くのであろう。しかしそういう必要の無い人や必要だと気がつかないで齢を重ねる人生が有りうる事は想像出来る。多分社会生活が人間に沈黙を強いるのであろう。確か吉川英治の「新平家物語」だったと思うが、上洛した木曽義仲が田舎者で、「黙考の習慣」を持たない、つまり発話しながらでなければ考えられない人間として描かれていた。小説ではそれが失脚の原因の一つになるのだが、Tの場合もこう云う事なのだろうか。あと、昔は音読しなければ、読書が出来ない人が多かったと云う話を聞いた事がある。思考と発話の関係は訓練と社会状況が大きく関わって来る、と云う事なのだろう。
因みにTは「ネイティブなのに、日本語が下手である」語彙も豊富とは言えない。昔の、余り会話をしなくても生活出来た農民もこんな感じだったのかも知れない。
興味深いのは、絶えず漏れ続きる発言の内容がかなり凄いと云うこと。以下実例を上げる。
Tの発言
キーワード
半端、入れ墨、馬鹿野郎、ウンチ、地獄、けんか、チョンマゲ(昔の日本人は全てこれで済ます様だ)
、スフィンクス(凄い飛躍だが良く出て来る)
基本的に誰かに対する小言、恫喝、説教の様に聞こえる。
怒鳴り声と言ってもいいレベルの時がある。
時折ハミング様の同じメロディらしき物がはいる。小生には、スポーツの表彰式の音楽の最初の部分らしく思える。
意識はしっかりしているらしく、怒鳴った直後に、物を食べたり、掃除したり、部屋から出て手洗いに行ったりする。
朝、四時半出発の日、三時半頃から怒鳴り続けたことも。
基本的に個室に閉じこもりがちである。出て来た時は独り言は少なく、声も小さくなるが、人前でも全く無くなる事はない。
仕事終わりで一息つく、一番リラックスする時も独り言。今日は何か考えてる模様。割と冷静。怒鳴ってはいない。戦争の事は関心があるらしい。急に「何だよう、馬鹿野郎!」いったい誰のことか?明らかに会話している。
「うるせえよ、ここ、日本の会社なんだから、」 相手は三国人?
「お金よこせよぉ、この野郎。」
「いいんじゃねえかよ、ここ日本の場所なんだからよぉ。」
「日本中回ろうとしてんだからよぉ。」
「ちゃんとした身分なんだから、よぉ、半端ぢゃぁなく。ちゃんとお金よこせよぉ、馬鹿野郎! 」 (相手は韓国系の雇い主?)
「オーストラリアはアジア、、、」サッカーのW杯予選位しか考えられない。
まとめ
今日では警察沙汰物の内容である。限りかい憎悪と心の闇がストレートに浮かび上がって来る。これらの事は、過去実際に有った出来事に由来する物なのか否か。実に興味深い。
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