百人一首やったことある?
高校の古典の授業の一環でみんなで暗記をしてクラス対抗試合をしました。
本当の競技のように、一文字目や二文字目でとることはできませんでしたが、それなりに頑張りましたよ
今日は旧暦四月(小)廿日 小田原道了尊大祭(~28日) 不成就日 一粒万倍日 四緑 大安 かのと・う 廿八宿は「張」の月曜日
月末が近づいてきたので、そろそろ身内の分の解約したスマホの補償・保険分を解約しに行かないと…
必要もないのに解約手続きに代理店になかなか契約見直しに行けなくって無駄に毎月・一台ごとに何百円も納めています。
私の機種も、スマホ決済などをしていないので、そこいらへんの無駄な部分を見直して解約しようと思います。
購入した時に最低限一ヶ月だけは契約してください・・というものを翌月には解約してもよかったのに、その手続き範囲に気が付かなくって、無駄なお金を何年、いや、十何年も支払っていたような気がします。
預金や貯金に利息・利子がつかないこの時代に、毎月なんという無駄遣いをしていたのでしょうか。
気がついたらもう御昼になっていて今日の皿弁当が届いていました。
食べなければいけないのですが、お魚やお肉がきつくって、味を感じないうちに水で流し込むようにして飲み込みました。
いきていくためにがんばらってたべないといけない・・っていうのは、しんどいんですよ
今は苦しいだけで痛いところはないので、病院で臥せっている方と比べられたら贅沢なのでしょう
TVで「ヤングケアラー」問題を放送しています。
一家族の人数が多かった昔は、そういう言葉さえありませんでした。
日本で老人家庭奉仕員制度が出来たのは昭和40年代だったでしょうか?
今でも、家族外の人が入って来ていたり、対象者が施設に通っていたり、施設に預けることを「よし」としない風潮があるようですものね
でも、これって、妬ましさ「うまいこと制度を使えて(にげられて)ずるい」という感情のからおきる嫉妬心によるものなのではないのかなぁ。
昔は子どもも家庭の一人として何かを手伝っていたモノなのに・・・「おてつだい」と「しなければならない」の区別はあっても、最終的には核家族化によって問題視される家庭状態になってきているような気がするのですが
朝ドラでもあったように、戦後、男の子が母親のために稼いで家事もして・・っていうのがいくらでもあったんですよね。
一般的・日常的に水を飲んで空腹を紛らわせる子どもだって高度成長期以前はたくさんいましたよね。
まぁ、私は(贅沢なことに)食べる事が出来る食品数が少なくって、オカズ無しでご飯でしかお腹を一杯に出来なかっただけの幼年期なのですけれどもね
寝たきりの高齢者を、お嫁さんに行かないで実家にいるおばさんが面倒を見ているのも、片目や片手が不自由だったり脚が萎えていて動けないような身体障害者手帳を保持している人が漆器業に従事して稼いでいるのも当たり前という地域性でしたからね
そういう状態の人が居るのが普通なんだと思って育った家庭環境から「当たり前」感覚がほかの人と違っているらしいです。
ウエストゴムがゆるゆるになったフリースカートで、バッグを作っている方の経験談を見つけました。
以前に、膝が抜けてしまったジーンズのお尻部分でバッグを作り、残った脛・脚部でポーチや折りたたみ財布を作っていた時がありましたっけ。リフォームで素材を無駄にしないのが当たり前の生活を昔からしていたんですね、私って。
実は胸をフラットに見せるタイプのブラを購入してみたのですが、身に着けているとあまりにも息苦しくなるので、一回り大きなものを購入なおさないといけないのかと思っていたのですが、ふと気が付いて今まで使っていたほかの下着と重ねてみたら全然小さくない寸法なのでした。
よくよく見比べているうちに気が付いたのは・・息苦しかったのは肩紐の調整が出来る事に気が付いていなかった私のミスのようで、そこをほんのちょっとのばしただけで、普通に良い具合の着心地になりました。
この夏用に購入した「見せる(見えてもよい)デザインの下着」なので、御廉くはないモノなので、大きい寸法を追加注文しないですんでよかったわぁ。
21時半45分過ぎのTVで昭和レトロビル/新橋駅前ビルで「稲庭うどん 七蔵」が出て来ました。
後文さんの稲庭うどんを使っているのだそうで、こういうお店に「どこの稲庭うどんを使っていらっしゃるのですか?」と聞くと大抵は答えてくれないのですが、ちゃんとしていますね。感心してしまいました。
バラチラシ丼セットが一番人気なのだそうです。