団地夫婦の日々

常盤平団地の53年、団地内散歩で気付いた事を時々に

旅・食いしん坊馬鹿 その四 仙台牛タン元祖太助

2017-06-29 10:02:41 | 日記

私の食いしん坊は55年前も今も変わらない、今はもういない先輩は呑んベ~その物、同行の汽車の旅、昼時停車駅で列車から降りた先輩「ハイ弁当」と私に、先輩はと手元を見ると「俺はコレ!」と、なんと手に缶ビールと柿の種のつまみ、昼食の心算、若かった私も、ビックリしたが、出張先で今日は夕方目的地に着いてから旅館へ宿泊する、仕事の予定は無かったから良いのだろうが、当時はのんびり?した出張仕事でした・・根っからの酒好き、ヘビースモーカーでも有ったので、私より大分前に亡くなった。でも良い先輩だった、この先輩Sさんに夜仙台で連れてって貰ったのが太助だったのだ。

私の知る限り、当時仙台に牛タンの店は太助だけだったような気がする、何しろ55年前の事だから、他に牛タンの店が、有ったかは定かでは無い、それが現在仙台市内には地図に有るように100店余り支店まで入れると更に多くの牛タン店が存在する。

牛タン、牛の舌とシッポは牛1頭から1枚の舌、1本のシッポ、こんな沢山の店で沢山のお客が口にする舌とシッポは、一体どこから集めて来るのだろうか、仙台名物だからと云って地産地消と言う訳では無いだろう、今じゃ外国産?米国、豪州から輸入されて来るのだろうか。国産和牛は霜降りで旨いのは有名だが、タン、テールとなると霜降り和牛も、アメリカ、豪州牛も舌とシッポは、区別がつかないのかも・・いつか地元の人に霜降りタンとかあるのか、そのタンは格別味が良いのか訊いてみたいものだ。

テールは昔、高田馬場に住んでいた頃、新宿三越店の食品店二幸と云う店が東口駅前に有って、そこの肉売り場で輪切りのテールを売っていた、何度か買って来ては自宅でガスコンロに鍋を乗せて、出るアクを丁寧に取り除き乍ら、コトコトと三日ばかり煮込んむと、最後骨から身がホロリと離れて、冷えるとゼラチン状の白い膜が鍋いっぱいに広がって、これに塩で味付けスープは暑い内、短冊切りしたネギを、私は好きでネギは沢山乗せて、胡椒を振りかけたようだが定かで無い、太助と同じように出来たか解らないが、母と男兄弟5人、この時ばかりは皆がお代わりしてくれた記憶がある。燃料費は別として、家族に振舞って誰もケチを着けずにスープを飲んでくれたことで、確か自分も満足していたのでしょう。

又、常盤平団地に移ってから、確か千住辺りの食肉卸店で「テール有りますか?」と頼んだら、出してくれたのが、皮むきの70㎝は有っただろうか、長いまま、「これだけど?」・・これには参った、「どうもスミマセン、又・・」でした。アレって簡単に輪切り?出来るのかな~・・

話が戻るけど、55年前の太助は、付け合わせには手で千切った生のキャベツが山盛りに出て来た気がするのだが、お店を出る時に戴いた舌(ここにも舌)代に初代佐野啓四郎が作り出した安くて、おいしい、人情あふれる、栄養価の高い名物メニューと有って、正に55年前にその初代からテールスープを戴いた訳で、当時定食に麦飯が付いていたか記憶にないのだが、確か値段はタン焼き、スープ、ライス、キャベツ付きで2~300円位だったと思うが、今日は定食1人前1800円、生ビール600円、お店の価格表にはスープのみ500円、55年前はスープの丼はもう少し大きくて、肉と骨が一緒に入って、スープを平らげた後、丼のそこに真っ白けな牛のシッポの骨が残っていたっけ・・・

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旅・食いしん坊馬鹿 その参

2017-06-28 10:00:44 | 日記

披露宴も終わり参加者を送る新郎新婦とご両家ご両親は笑顔で来賓達とお別れを・・あと一息頑張って!私達も31階の部屋へ、別れ際新婦のお母さんから「後で牛タンのお店へご一緒に・・」と云われ、若いお母さん「頑張るな~」と・・・部屋に寛いで2時間余り、2泊目となれば私達も落ち着いて牛タンやさんの話等して待っていたが、7時過ぎても連絡なし「如何したかな?」で妻が携帯で連絡「そうね~、ダメね~、ごゆっくり休んで・・」

31階から仙台の街を見下ろすと、どうやら小雨模様、披露宴から大分時間も経過して、此の儘部屋に籠る訳にもいかず、先ず夜の仙台牛タン目指して二人は出掛ける事となった。フロントで太助へはどの位掛かるか訊いたところ、「タクシーの方が宜しいかも・・」と言いつつ仙台の牛タン店の地図にホテルと太助に赤丸を付けて呉れた、サ~出発、今の所、歩く事は二人共ま~ま~だが、何せ夜の仙台市街、ホテルは駅から5分程か、そこから太助迄、広い道路(仙台の道は歩道も車道も広い、とても考えていた地方都市とは違っていた)地図を頼りに歩きに歩く、日曜日は夜でも人が沢山歩いていて店も皆開いている、今日の昼間もレンタカーから見た町並みと活発な人達の姿に、これがあの震災を本当に経験した仙台なのかと思う程だったが・・大きな道路、信号を幾つか渡ったり、交差点を折れたりで、やっとそれらしい夜の飲み屋街に入り込む、牛タンか何か焼物、揚げ物の匂い、キョロキョロする私、フッと傍らを見ると、太助の文字が目に入る、「オイ、ココ、ココ」妻も「アッココ!」・・迷わずにお店発見!以前私が二度目に来て寄った太助は本店となってて、結構大きな店になっていたのに、目の前の太助はこじんまりしてチッポケ、お世辞にもキレイとは言えないような、居酒屋風の店、もしかしてこのお店、55年前、職場の先輩に連れて来られた、昔の太助?妻は女友達とタクシーに案内されて本店が満席で、こっちが本当の本店「この店に来たことが有る」との事、なんだ、私は55年も前、妻は30年前に同じ店に来ていたのだった。

今日は此処までにします

 

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旅・食いしん坊馬鹿 その弐

2017-06-27 16:57:02 | 日記

ウイスティンホテル仙台に二泊、我々年寄り夫婦には望外のプレゼントか?同ホテル内で同時に挙式もするので、移動もせず何よりでした、以上。私は終始、全て遠くから眺め、食べ、飲み且つ会津から駆け付けた、こっちの親戚と隣り合わせの席で、耳の遠い私に話しかけられ迷惑そうでも無く、最後までお付き合い願えたのは幸せでした。

宿泊は31階、

確かに結婚式と披露宴、お目出度い桜茶で一服の控室、フランス料理のフルコースも満足、写真は無し、美しい料理は例によって食べてしまってから、「撮って置けば良かったかな?」で後の祭り、見事、次々出て来る料理の美味しさに堪能、1テーブルの担当が一人づつ付いて、食べ終わるや否や、お皿(実は皿に興味が有って、目の前の大皿の裏側を見たが、矢張りノリタケ製で有った、序に大皿の傍の四角い5㎝×10㎝の小皿に手が、心の中で「コレもノリタケ?」裏返した途端、ぬるぬるした液体がテーブルクロスの上に!シマッタ!何と透明の液体の正体はオリーブオイル(妻が傍らで私に教えてくれた)透明の液体は、みるみる黒っぽいシミとなってクロスの上を広がっていく、一瞬、呆然、慌ててポケットのティッシュを取り出してクロスの黒いシミを、ティッシュに沁み込ませようと、何枚も手に纏めて拭く、斜め向かいの席から甥っ子(今回はお世話に成りっぱなし)がウエットティッシュらしきものを「どうぞ!どうぞ・・」妻と二人掛りでシミを押さえつけ、擦り付けして、やっとシミの延焼?を食い止めたが、さすが披露宴席、小声で「何したのよ!」私「申し訳ない、皿にオリーブ油が入っていたのには気が付かなかった、裏を見たくて、コレもノリタケかな?と」オリーブ油が入ってない小皿はグリーンの底面を未だオリーブ油が入っていた状態と私には変わらぬように見えていたのだ。ヌルヌルした手の平、甲は甥っ子に貰ったティッシュで何枚も何枚も使って拭き取ってもヌルヌルした儘だったが、何か両手が若返ったように思えたのは、オリーブ油の美肌効果か?・・

やがてテーブルの係りが飲み物を聞きにきた時「スイマセンが小皿にオイルが入っていたのを知らずにひっくり返して仕舞って・・」まさか「裏を見たかった」とは言えなかった、係の男性は「直ぐに別の物にお取替えいたしますので」嫌な顔もせず、平然と、手際良く、新しいオリーブ油の入った小皿と傍のスプーン、ナイフ一式を元通りにテーブルに置いて次々と料理を運び、私にはビール(このホテルはアサヒが推奨らしい)を薦めてくれた、披露宴は私の辺りを含め、新郎新婦の入場、来賓である職場の若い先輩のやや長い挨拶、乾杯の音頭と進み・・・テーブルの染み跡と私の失敗のショックは、次第に治まって行く気配であった。千切ったパンにオリーブオイルを付けて食べたが、普段こんな食べ方しないので、美味しいものだとは思ったが、先程の失敗で少々複雑な思いも・・改めてオリーブオイルを良ーく味わった私であった。

新郎新婦がテーブルを次々回る恒例の事、新郎がデカンタで飲み物を注いで廻り、後から新婦が何と籠に入ったおつまみナッツを一人一人笑顔で、お配り・・デザートでやっとデジカメ登場、チョコレートの可愛いアーチは、食べるのがチョッと惜しい位、美味しいデザートでした。コーヒーか紅茶か、用意したカップの蓋を閉じて方が紅茶、コーヒーの方は蓋を別にしての対応、見事な連携流石高級ホテル、ビジネスホテルとは価格が違う、今回はご招待されて幸せでした。

 

 

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旅・食いしん坊馬鹿 その壱

2017-06-26 17:03:44 | 日記

白河市在住の姪っ子の結婚式に夫婦でご招待される、婿さんは仙台に在住とかで、甥っ子の用意してくれた切符は上野・仙台間往復の切符往路はグラクラス、帰りは普通のハヤブサで乗車券と特急券を2枚づつ、夫婦共久々の新幹線、普段は近くの新京成線、精々常磐線で上野まで位が、最近はそれも偶にしか出て行かない夫婦である。昔、サラリーマンだった頃、先輩と仙台に同行した事を思い出して、先ず思い出したのが太助と言う小さな牛タン屋さん、最近では妻が女友達と仙台へツアーで出掛けて、タクシーで案内されて結構繁盛していたらしい、最近は市内に多数の牛タンやさんが有るとは聞いてたが、さて仙台も昔とは変わっているらしい、お上りさんならぬ、お下りさんなるか・・今日は、はやぶさグランクラスの話・・・先ずは失礼を承知妻の表情は私の表情と思って下さい、何処かで赤い車両が山形新幹線に分かれるらしい、

座席の傾斜が幾通りにも変えられる?まるで電動健康イスみたい、アレコレ弄っていたらアッと言う間も無く仙台へ「間もなく仙台に着きます」のアナウンス、左右2席と1席、1車両18席だから、前の座席が倒れてきても解らない感覚、こんな必要有るのだろうか?そんな野暮な事は言いっ子無し、切符を手配してくれた甥っ子(訊けば59歳、来年定年、今時のIT関係でインドを初め東南アジアをアチコチ飛び回り、式を終えると直ぐ又米国へ行くらしい)は横浜から朝飯抜きで同乗、若い綺麗な女性から手渡された弁当を、直ぐにムシャムシャ食べ終えて御馳走さん、私達をカメラに収めてから直ぐにぐうぐう寝てしまった、列車の旅を今風に楽しむなんて、何だか羨ましいと年寄りは思った次第・・

つい親切な女性の勧めで、食いしん坊の私、妻もつられてお弁当、サンドイッチ、おまけにおつまみの袋まで戴いてこれも新式のテーブルの上に、さっき食べて来た定番の朝食から2時間足らず、全くお腹は空いて無い、美味しそうな弁当、サンドイッチが恨めしい・・・其の侭仙台駅に到着、丁度昼時、迎えに来てくれた、白河からの新婦の家族と合流、全員が仙台駅隣接のレストランで豪華な昼食、連れの皆は海鮮丼、私は生まれて初めての大穴子天丼、食べごたえ充分、当然弁当、サンドイッチはそのままバッグの中で賞味期限PM5時に向かい刻々と時間は経過して・・・

   続く

 

 

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亀井選手に感謝

2017-06-19 16:23:02 | 日記

そうだ、今朝は松山選手(結果全米2位だから呼びつけは無いのだろうが、さりとて、「さん」付けは変だし「君」では失礼だし、「先生」では本人が嫌がる?だろう)のゴルフが見られる筈と起き抜けにTVを付けて、先行する首位を追い上げる展開に満足、但し私はゴルフは全くやった事が無く、解説の青木功氏(こちらはソコソコの年だから氏が相応しいかと)昔青木さん現役の頃、近くの柏市駅前で食事か何かの用で歩いていた、周りの人達が盛んにサインを欲しがって集まっている、何人か手帳とか紙にサインをしてたが、一人の白っぽいTシャツ姿のお兄さんがシャツにサインをと背中を向けたら「俺は着てるシャツにサインはしね~!」と笑いながらやんわり断った、当時は傍に青木がいるなんて(@_@)したが、でも何とも気さくな良いお兄さんと言う感じで・・

又話が脱線したが、今日は昨日TV中継が延長戦(線変換違い)でプッツンと切れて仕舞って「何たるこった!」の投稿となったが、年寄りはもう一人取り上げたい選手そう亀井選手である、内海投手の名は思い出したのだが、今度はカメヤマの名が出て来ない、年寄りは一人顔を思い浮かべて名前が一致するともう一人は出て来ない、次はTVでベンチに戻って地面に何か叩き付けて「チキショウ!」とか吐き捨てるように悔しさを露わにして自分を責めていた姿、サイゼリアで食事中、妻に「ホレあの内海で無く何と言ったっけ?バッターでピンチヒッターで出て来る?えーと・・」妻「亀井?」・・「そうそう・・お母さん良く知ってるね~」

口で言い争っても勝ち目はないので、この頃は必要以外「うん」とか「そうだね~」とかこちらから話題を提供することのない私、この時だけ、「良く思い出してくれた、ブログに今日の延長戦の原因の一つは亀井だったと書きたかったんだが・・小林は直ぐ顔と名前が出て来るんだが・・」夕べはそれで結果も聞かず寝てしまったのです。

今朝、新聞見て(@_@)仰天、延長12回その亀井の逆転ホームランでサヨナラ勝ちとは、交流戦最後の試合、亀井が負け犬から、一変チームの救世主になった、本人も悔しさを晴らして「涙してた」と有るが無理もない、野球の神様っているみたいです。

ヤッパリ東京ドームで最後まで見れたお客さんは幸せ、きっとこのサヨナラホームランの亀井選手の姿を目に焼き付けて、夜遅く家路についた事でしょう。若しかして途中で祝杯を挙げたかな~。私もブログの楽しい締めが出来たようで嬉しいです。では・・・

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