NPO法人さなぎ達ブログ

横浜市寿地区や近隣地域を中心に社会的生きづらさを抱えている人々を対象としながら活動を行っているNPO法人です。

さなぎ達終息のお知らせ

2018年03月05日 | さなぎ達理事長 山中 修
2001年の誕生以来、16年間にわたってご支援いただきました「さなぎ達」は昨年春をもって活動を停止し、本年二月に理事会にて解散の決定がなされたことをここにご報告申しあげます。
長い間のご支援にたいして深く感謝申しあげます。大変ありがとうございました。

「さなぎ達」の前身は、1984年、中学生による山下公園ホ-ムレス殴打事件をきっかけに「さなぎ達」初代理事長である桜井武麿が参画した夜回り活動「木曜パトロール」です。
寿地区周辺の路上生活者への夜回り活動を経て、1999年、家族と疎遠で独居を余儀なくされている人達の衣医食職住に関して,特にメンタル面を主眼としてサポートする組織を創ろうとする人達が集まり、2001年にNPOとしての「さなぎ達」が生まれました。

 以降、歴代3人の理事長とのべ20名以上の理事の方々はすべて無報酬・交通費無支給にて年11回の理事会を定期的に開催しながら、その時点その切り口での寿地区に必要な支援方法を絞り考えて実行して参りました。
その結果。さなぎの家、さなぎの食堂、横浜市とのSOS斑協同支援事業、てふてふ就労支援事業、ことぶき緑化、みまもりのボランティア事業、その他にコンサートやフェスタ、シンポジウムの開催などなど数多くの活動が産まれました。

 行政との二人三脚や寿に支援活動する他団体との協力で、この20年足らずで寿地区は大きく変貌しました。 
かつての危険な「ドヤ街」は女性ヘルパーや看護師が出入りできる街となり、飲み屋やギャンブル屋がデイケア施設となりました。
路上生活から社会復帰する人々や、介護ヘルパーやさなぎの食堂の職員となって、お世話される側からする側へ育っていった人々も数多くいます。
時の流れによって生じるこの地区の変容現象にたいして、支援する側が敏感に対応することにより、寿地区は労働者の街から福祉の街へとの変化脱皮できたことは「さなぎ達」の誇りです。

 活動が社会的に注目されて組織が大きくなるにつれ、外部からは一見安定して見える反面、事実上、運営に不可欠な助成金や協同事業支援金は減り、特に東日本大震災以降は寄付金も減って大変厳しい状況となりました。
さなぎの特質はみなさんからのご寄附によって成り立つことでありましたが、成長した組織の人件費を含めた固定費との収支バランスは危機的な状態となり、残念ながら昨年春に活動停止、本年2月に解散、これから破産管財人の指導の下、事後処理を行っていくことになりました。

今後は「さなぎ達」としては終息の方向へと粛々と進んで参りますが、さなぎの前身である木曜パトロールはその後も桜井武麿氏の主導で今も継続されております。
「さなぎ達」のおかげで女性が安心して寿地区に入れるようになりました。簡易宿泊所内でのみとり・みまもり活動は、介護ヘルパーやケアマネジャー、薬剤師や看護師の訪問など、女性が多数かかわるチームメンバ-の協力の下、ポーラのクリニックの使命としてこれからも続けて参ります。

「さなぎ達」発足以来の、個人、学校、教会、会社企業、行政、近隣の活動組織、社会福祉団体など本当に全国数多くの方々からのこれまでの多大な資金援助やボランティアのご支援にたいして感謝御礼を申しあげると共に、終息という残念な結果に導いてしまったことをNPO責任者としてお詫び申しあげます。

これまで本当にありがとうございました。
末筆ながら皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申しあげます。

NPO法人「さなぎ達」
代表 山中 修
平成30年3月5日

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