混合型脈管奇形/血管奇形 ~もものほっぺ~

混合型脈管奇形(血管奇形)の会で活動しています。
患者・家族のより良い未来をめざして

高校生活について

2020-03-16 23:59:01 | 難病指定

この春、無事高校を卒業できました。

この高校生活で私は沢山の仲間と出会い、とても楽しく過ごすことができました。

沢山書きたいことがあるので長くなってしまいそうですが、もし良ければ読んでください!!

 

まずはスロープの話から。

私の学科はとても男の子が多く、クラスの4分の3は男の子でした。

三年生で車椅子を主に使うようになり、バリアフリーではない校舎を移動しなければいけませんでした。そのため移動のたびに助けてもらうことが多くなりました。

そんな時に男子がさっと気づいて手伝ってくれ、いつも移動には入れ替わり立ち替わりで男子が付き添ってくれるのです。

保健室へ行く時も、購買へ行く時も、迎えの車を待っている時も。

とてもとても優しい人たちなのです。帰りも私が車に乗ったのを見届け、車椅子を片付けてくれるのです。

そんなある日、私がポツリと

「一人で移動できるようにスロープがあったらいいのにな」

と言ったのを男子の一人が聞いていて、数人の仲間たちとなんと廃材置き場から木の板や角材を持ってきて、校務員さんから工具を借りて、スロープを手作りしてくれたのです。

作ってくれてスロープはこんな感じ

すごい行動力と優しさですよね。感動しました。

彼らのおかげで一人で移動できるようになりましたが、それでも大抵のところにはみんなついてきてくれました笑

他の学科の子には「あの車椅子の子何人彼氏いるの?」と不思議がられました。ちなみに彼氏はいません笑

 

お次は修学旅行の話かな

2年の秋に長崎へ修学旅行に行きました。その頃はクラッチを二本遣いでとても修学旅行に歩いて行けそうになかったので車椅子を手配してもらい、新幹線を降りたところから車椅子で過ごしました。

一日めは資料館などを巡り、そこまで疲れは出ませんでした。

二日め、原爆の像を見たあと、市内の自由行動!でも私と友達だけでは何かあった時に危険だと言うことで先生が加わり、市内を散策しました。

今考えれば、せっかくの自由行動。先生に見られているのはつまらなかっただろうに、友達たちは何一つ文句言わず、嫌な顔せずに受け入れてくれました。

楽しかったけど体力の限界で途中で離脱。夜ご飯もあまり食べれず部屋でぼーっとしていました。

部屋の友達たちは無理強いせずにサポートしてくれました。長崎の夜景はとても綺麗でした。

三日め、いよいよ待ちわびたハウステンボスです。

中学からの同級生と仲の良い友達と少人数で動きました。そのため、スムーズには回れたのですが、なんと言っても建物が古いためバリアフリーになっていない!!!

道はガタガタで入れない建物も多かったです。そんな中、一緒に回ってくれたことに感謝しています。行きたい場所もあっただろうに。

暗くなってきて、観覧車から綺麗なイルミネーションを見て早めにホテルに帰りました。

とてもとても疲れていて、制服のままベッドに俯して寝てしまい、翌朝夜に回っていた担任から茶化されました笑

そこでも同室の子は疲れているようだからと起こさずにいてくれたと先生から聞きました。

ちゃんとお風呂は朝入りましたよ!!

四日め、長いようで短かった修学旅行も終わり。無事に帰ってくることができました。

次の日にリンパ菅炎になってしまったこと以外はとても楽しい修学旅行でした。

連れて行ってくれた先生方に感謝です。

 

次はバドミントンの話

小学生の頃から一度もスポーツをした事がなかったのですが、偶然スポーツ用の車椅子を借りられる事を知り、その時体育でやっていたバドミントンをやってみようと思い借りてみました。

実はどこの都道府県にもある、障害者スポーツ協会と言うところから、スポーツよう車椅子を1ヶ月まで無料で借りられるのです!!!!

借りた車椅子がこちら。

かっこいいですよね。軽くて回りやすく動かしやすいんです。

早速学校に許可を取り、バドミントンの授業で使ってみました。

なかなか健常者相手には勝てないけど2勝ほどする事ができました。

スポーツの楽しみを初めて体験しました。

大学生になったら何かスポーツはじめたいな!!

 

高校生活はこんな感じでした。

きっとまたポロポロ思い出すのでその都度書いて行きます!