とはずがたり

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ホルモン補充療法の乳癌リスクに対する影響ーWHI研究の長期フォローよりー

2020-08-05 09:51:49 | 癌・腫瘍
結合型エストロゲン(conjugated equine estrogen, CEE, プレマリンⓇ)は女性の更年期症状を緩和し、骨密度を上昇させる効果を有することから欧米ではごく一般に処方されている薬剤ですが、これまでに乳癌リスクや死亡率を上昇させる、いや違う、など矛盾した結果が報告されており、未だに議論があるところです。特に有名なのはWomen’s Health Initiative(WHI)という子宮のある女性を対象にした大規模なホルモン補充療法(HRT)に関する前向きランダム化比較試験です。WHIではCEE(0.625 mg/day)および黄体ホルモンmedroxyprogesterone acetate(MPA)(2.5 mg/day)の配合錠の投与により、大腿骨近位部骨折および大腸癌のリスクは減少したが、冠動脈疾患、脳卒中、静脈血栓症、そして浸潤乳癌のリスクが有意に上昇したことから、一部の治療群は途中で中止となりました(Rossouw et al., JAMA. 2002;288(3): 321-333)。WHIのこの結果は、ラロキシフェンなどSERM(selective estrogen receptor modulator)開発の後押しになったことでも有名です。さてWHIでは子宮摘出を受けている参加者は子宮体癌のリスクがないことから、CEE単独群とプラセボ群に割り付けられたのですが、CEE単独投与群では13年のフォローアップで継続した乳癌リスクの低下が認められたことが報告されています(Manson et al., JAMA. 2013;310(13): 1353-1368)。しかし最近の観察研究から得られた結果はこのような結果に矛盾するものであり、Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancerからのmeta-analysisでは併用、単独いずれの群でも乳癌リスクが上昇するとしていますし(Lancet.2019; 394(10204): 1159-1168)、Million Women Studyでも両群とも乳癌死亡率を上昇させるとしています(Kim et al., Breast Cancer Res Treat. 2018;170(3):667-675)。
今回の研究の目的はWHIの20年以上にわたるフォローアップからHRTによる乳癌リスクを検証したものです。
(結果)対象となったのは1993年-1998年にWHIに参加したベースラインのマンモグラフィで乳癌を認めなかった閉経後女性で、年齢は50-79歳でした。乳癌の既往がある女性は除外されています。CEE+MPA群は中央値5.6年、CEE単独群は7.2年で介入中止となっています。その後のサーベイでHRTを個人的に行っていた参加者は4%未満でした。今回の調査は2017年12月31日までのフォローアップの結果です。生存者のうち80%が調査に同意しました。
当初のWHI参加者は27,347人で、CEE+MPA群が8,506人、プラセボが8,102人、子宮摘出を受けていた参加者のうちCEE単独群が5,310人、あるいはプラセボ群が5,429人です。2017年12月31日の時点での観察期間は中央値20.3年です。
CEE単独群ではプラセボと比較して有意に乳癌発生は少なく(0.30%/year vs 0.37%/year; HR, 0.78; 95% CI 0.65-0.93; P=0.005)、エストロゲン受容体陽性、プロゲステロン受容体陰性の乳癌で最も強い関連がありました。また乳癌による死亡もCEE単独では有意に少ないという結果でした(0.036%/year vs 0.046%/year; HR, 0.60; 95% CI, 0.37-0.97; P=0.04)。
一方CPE+MPA群では有意に乳癌発生率が高く(0.45%/year vs 0.36%; HR, 1.28; 95% CI, 1.13-1.45; P<0.001)、治療開始後6年以降有意な高値が続いていました。しかし乳癌による死亡率には有意差はありませんでした(0.045%/year vs 0.035%; HR, 1.35; 95% CI, 0.94-1,95; P=0.10)。
今回の結果と観察研究の結果の相違には、参加者の年齢の違い(WHIの方が高年齢)、マンモグラフィーの頻度の違いなどいくつかの理由が考えられます。もちろんこれでHRT論争に決着がついたわけではありませんが、長期のフォローアップによってHRTの乳癌リスクを明らかにした点で価値が高い研究と言えるでしょう。



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