2005年、自衛隊のイラク派兵が決められた頃に制作された、
ドキュメンタリー映画です。
プロローグの部分で、当時の小泉首相が登場、
国会で演説する姿が映りました。
映画は、多数の人たちにインタビューしたもので構成されています。
歴史家のジョン・ダワー、作家・政治学者のC・ダグラス・ラミス、
社会学者の日高六郎、日本国憲法草案作成に携わったベアテ・シロタ・ゴードン、
政治学者のチャルマーズ・ジョンソン、シリアの民主活動家ミシェール・キーロ、
そして言語学者のノーム・チョムスキーほか。
日本国憲法を、日本の外からの視点で見るという映画になってます。
最初は、アメリカからの押し付け憲法だとか、
アメリカの占領下において1週間で作られた憲法だとか言われている、
日本国憲法が成立するまでのエピソード。
敗戦という形で終わった日本、
新しい憲法が必要だということになって、
民間ではさまざまな立場や政治的見解をもつ人たちによって、
多くの憲法草案が作られたようです。
戦争中に弾圧されていたグループ、民間人に学者を加えたグループ、
弁護士のグループなど、保守から革新まで、さまざまな憲法草案が作られたとか。
これらの草案はGHQ民政局にも提出されました。
政府はそれとは別に、第一級の専門家を集めて(憲法調査委員会)
憲法草案づくりを命じています。
しかし、当時提出された数ある草案の中で、
この政府案が最も保守的だったそうです。
明治憲法の焼き直し、天皇主権の中央集権的なもので、
これでは「民主主義」「言論の自由」といった新しい憲法をつくれそうにない、
とGHQ民政局は判断、
結局、民政局(マッカーサー)が指示して、部下に草案をつくらせます。
民政局は提出された民間からの草案に全部目を通し、
アメリカの憲法だけでなく、「権利」「社会福祉」等が、
アメリカよりも進んでいたヨーロッパ各国の憲法もリサーチしてます。
憲法とは誰のためのものか。
C・ダグラス・ラミスさんが指摘します。
「 憲法というのは、本来国民が政府に強いるもの。
押しつけられたものというが、
国民への押しつけではない、政府への押しつけ」
戦後からいままで、憲法がまったく変更されなかったのは、
アメリカの意向ではなく、国民がそれを望んで、選んだから。
中国に共産政府が誕生、朝鮮戦争が勃発というなかで、
日本も軍事で協力して欲しいというアメリカ側の圧力があったといいます。
当時の副大統領ニクソンが来日した際、
「 憲法9条は間違っていた、日本は改憲した方がいい」と発言。
それに応えるように、当時の政府も改憲したがっていましたが、
国民の平和の意識や反対が強かったため、できませんでした。
そして日本国憲法には、
日本が軍事国家に逆戻りしないことを宣言する、
という意味もあると映画では訴えています。
諸外国からどう見られていたか?
いまでも日本国内では、
15年戦争は侵略戦争ではなかったとか、
いやそれは違うとか、
自分たちのやったことを自分たちで論争しているという状況ですが、
この映画に登場するアジア各国の人たちの言葉を聞いていると、
日本が何をしたか、どう見られていたか、
というのがイヤになるほど見えてきます。
( じつは、ここで目をそむけたくなりました)
その人達は決して、声高には非難していないのですけど。
映画は、イラク戦争反対!のデモシーンで終了しています。
監督ジャン・ユンカーマン
ジョン・ダワー
C・ダグラス・ラミス
日高六郎
ベアテ・シロタ・ゴードン
チャルマーズ・ジョンソン
ミシェール・キーロ
ジョゼーフ・サマーハ
バン・チュンイ
シン・ヘス
ノーム・チョムスキー
2005年7月公開
「 普通の国になりたいと言いますが、
普通の国家とはなんですか?
アメリカを普通の国家というなら、違う、
アメリカはすでに軍事国家です。
半世紀日本は戦争をしていない、
アメリカは次々と戦争をしている、するのが当たり前。
日本ではしないのが当たり前」
監督の言葉です。