原理は2つ以上は間違い

重力場の存在は加速度系の絶対性を否定した

汽車のうた

2007-03-17 21:55:08 | 自然科学
 汽車の歌
童謡に汽車というのがあります。歌詞の中に「~畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ~走れ~走れ~走れ~~」とあります。これこそ相対論の真髄です。実際は畑が飛ぶことは無いのですが飛ぶように見えるのです。今度は畑の立場からみると飛んでいるように見えるのは汽車の方です。ここで両者の意見が一致しました。「相手が飛んでいる」と。このようなことを「相対性がある」といいます。これを少し範囲を広げて電磁気現象にまで拡張したのが「特殊相対論」です。これは「光の速度」が畑の人も汽車の人も同じ値に観測するからです。両者の意見が一致するのです。「光の速度は30万キロ毎秒である」と。どちらが動いているか決められないことがまたでてきたのです。
そしてついに一般相対性の登場です。これは等価原理というものが説明してくれます。山寺の釣鐘は重くまた簡単には動きません。この動かしにくさを「慣性質量」といいます。一方この鐘を重力場におくと重いので地面を抑えつけています。吊り下げてあるときは梁や柱を介して地面を押しています。この指標を「重力質量」といいます。この2つの指標は性質が異なりますが、常に一致します。ジキル博士とハイド氏のように1つのものに2つの名前をつけているのではありません。しかし、この2つはいつもピッタリ一致します。このことを等価原理と呼びます。このことは先ほどの畑や汽車の立場はもちろん発車しつつあり加速度状況にある汽車にも通じていえるのです。つまり任意の系で等価原理が成り立ちます。全員が「等価原理がなりたつ」ことを共通してまのあたりにするのです。こうして「任意の系が同等に観測される」という一般相対性が存在することが確認されたのです。

遠くはありません

2007-03-17 13:03:59 | 自然科学
 重力場は加速度系の天敵
重力場は加速度系につきまとう天敵です。逃げられません。
重力場は目の上のたんこぶです。重力場が存在するかぎり加速度系は相対的存在でしかありえません。加速度系は重力場に首根っこを押さえられて身動きできないのです。たった1つのことでそれも最後のさいごになって逆転されたのです。加速度系の絶対性が覆されたのは満塁逆転サヨナラホ-ムランでそれもツ-ストライクスリ-ボ-ルの最後の1球のようなものです。重力場の存在は加速度系の絶対性を抹殺し、全ての系を相対的存在に整列させたのです。その結果車が走ったり、飛行機が飛んだりすることは空間に対して運動していることではなくたとえば道端の電柱に対して自動車が近づくとか飛行場にたいして飛行機が接近するなどと、常に相手を意識することが必要になったのです。空間は運動の一里塚にはなりえないのです。
近くて遠きは田舎の道、遠くて近きは男女の仲と相対論です。