最近、いろんなイベントでのボランティアスタッフ不足の話を聞く
ボランティアは、無償の自己犠牲でやるものかもしれませんが
時間やお金に余裕もなければ、活動の継続は難しいと思います。
イベントの殆どが、日曜日だったりもして、夫婦仲も悪くなったり
親子での時間も限られてきます。自分の時間も制限されます。
仕事そっちのけでの準備、設営、運営、撤去、掃除等、もろもろやらないといけません。
仕事にも支障がでたりします。かなり大変です。
特に商店街の方々等は、スタッフとして関わる人が多くいます。
昔ならば、経済も良かったので、役得で、仕事や商売に繋がったのかもしれませんが
最近は、ほんと反応は薄いようです。
先日もスタッフの中小商店主でもある友人がイベント会場で
「どこから、こんなに人が湧いて出てくるんだろうね」と話していました。
平日の市内中心部の商店街は、通りを歩く人も疎らです。
皆、便利さ、安さ、快適さ、品揃えの多さ、魅力等のある大型店・大手組織小売業へ行かれるんでしょうね。
延岡市民の皆さんが、イベント以外の日に
年に2~3回でも、市内中心部の商店街で、買い物をしてあげるだけで
延岡の活性化に繋がると思うんですがね。
地域の活力の波及効果に繋がると思います。
それから、思う事ですが、最近、中学生、高校生、大学生のボランティアスタッフは
逆に増えているようにも思います。学校教育のお陰なのか?若年層の意識は高くなっているのでしょうね。
現役世代の参加は、いつも同じ顔ぶれを見かける事が多くあります。
ボランティア意識、全体では、まだまだなのかな?
そこで、こんな事を考えてみた。
過激かもしれませんが、「ボランティア徴集令」なるものができたらどうなるだろう?
例えば、延岡市民の男性は28歳から32歳まで、女性は25歳から29歳の年齢限定とかで
いろんなイベント活動の中核を担ってもらうという企画です。(もちろんそれ以外の年代もイベントにスタッフとして参加できます)
必ず、市内に住む若者が参加する条例です。(引き籠りの人の解決にもなるかも?)
参加が苦手な人、ハンディのある人等は、行政や地域住民の力も借りたりするのです。
いろんな人がいる事で、思いやりの気持ちも生まれてくるかもしれません。
出会いの場にもなり、飲み会もあると思うので、ある意味「街コン」みたいな事にもなります。
ボランティア活動をする中で、自然に「郷土愛」「地域愛」も生まれると思うのです。
将来の人材育成にもなると思います。毎年関わる人が増える事で、文民意識の高いまちになります。
地域愛・郷土愛のある風土になれば、自分のまちに誇りが生まれ、地場産品や地元の中小商店で買い物をするようになり
地域で6割ぐらい自活できる環境になれば、仕事の場も維持でき、若者が結婚しやすい空気・雰囲気に
もしかすると少子化対策に繋がるかもしれません。
延岡への定住、移住も増えるのでは
一石三鳥かなと(ひとり言です)
まあホントは、こんな強制でやる事はないと思いますし、自由も束縛されると思うので...
本来は、市民自らが自助努力で、自分たちのまちは自分たちで創るという意識を持ち
市民が、人や地域を思いやり助け合い 自らも潤う「自利利他」の生き方をしてくれれば
こんな事をする必要は無いと思いますけどね。
本日も長々と読んで頂いて、ありがとうございました。
ボランティアは、無償の自己犠牲でやるものかもしれませんが
時間やお金に余裕もなければ、活動の継続は難しいと思います。
イベントの殆どが、日曜日だったりもして、夫婦仲も悪くなったり
親子での時間も限られてきます。自分の時間も制限されます。
仕事そっちのけでの準備、設営、運営、撤去、掃除等、もろもろやらないといけません。
仕事にも支障がでたりします。かなり大変です。
特に商店街の方々等は、スタッフとして関わる人が多くいます。
昔ならば、経済も良かったので、役得で、仕事や商売に繋がったのかもしれませんが
最近は、ほんと反応は薄いようです。
先日もスタッフの中小商店主でもある友人がイベント会場で
「どこから、こんなに人が湧いて出てくるんだろうね」と話していました。
平日の市内中心部の商店街は、通りを歩く人も疎らです。
皆、便利さ、安さ、快適さ、品揃えの多さ、魅力等のある大型店・大手組織小売業へ行かれるんでしょうね。
延岡市民の皆さんが、イベント以外の日に
年に2~3回でも、市内中心部の商店街で、買い物をしてあげるだけで
延岡の活性化に繋がると思うんですがね。
地域の活力の波及効果に繋がると思います。
それから、思う事ですが、最近、中学生、高校生、大学生のボランティアスタッフは
逆に増えているようにも思います。学校教育のお陰なのか?若年層の意識は高くなっているのでしょうね。
現役世代の参加は、いつも同じ顔ぶれを見かける事が多くあります。
ボランティア意識、全体では、まだまだなのかな?
そこで、こんな事を考えてみた。
過激かもしれませんが、「ボランティア徴集令」なるものができたらどうなるだろう?
例えば、延岡市民の男性は28歳から32歳まで、女性は25歳から29歳の年齢限定とかで
いろんなイベント活動の中核を担ってもらうという企画です。(もちろんそれ以外の年代もイベントにスタッフとして参加できます)
必ず、市内に住む若者が参加する条例です。(引き籠りの人の解決にもなるかも?)
参加が苦手な人、ハンディのある人等は、行政や地域住民の力も借りたりするのです。
いろんな人がいる事で、思いやりの気持ちも生まれてくるかもしれません。
出会いの場にもなり、飲み会もあると思うので、ある意味「街コン」みたいな事にもなります。
ボランティア活動をする中で、自然に「郷土愛」「地域愛」も生まれると思うのです。
将来の人材育成にもなると思います。毎年関わる人が増える事で、文民意識の高いまちになります。
地域愛・郷土愛のある風土になれば、自分のまちに誇りが生まれ、地場産品や地元の中小商店で買い物をするようになり
地域で6割ぐらい自活できる環境になれば、仕事の場も維持でき、若者が結婚しやすい空気・雰囲気に
もしかすると少子化対策に繋がるかもしれません。
延岡への定住、移住も増えるのでは
一石三鳥かなと(ひとり言です)
まあホントは、こんな強制でやる事はないと思いますし、自由も束縛されると思うので...
本来は、市民自らが自助努力で、自分たちのまちは自分たちで創るという意識を持ち
市民が、人や地域を思いやり助け合い 自らも潤う「自利利他」の生き方をしてくれれば
こんな事をする必要は無いと思いますけどね。
本日も長々と読んで頂いて、ありがとうございました。
【「中道になること」そっちのけで、「仕事をすること」のみに首をつっこんでいる】人
【「中道になること」そっちのけで、「政治ごっこ」に首をつっこんでいる】人
この2とおりしかいないために
ふるさとが
終わろうとしている…
【「心・生」善説】派=心を磨いて生きていくことが善いことだと信じている人。
【「腹・生」説】派=地域全体を家族とおもうことが最もよいこと
◇
a「制度」善説派:制度を信じる人
年金保険料を払う、「心・生」善説派に多い
b「制度」監視・チェック派:疑りぶかい
年金保険料を払う、「知・生」善説派に多い
c「制度」悪説派:制度を信じない人
払わず、「知・生」派に多し
d「腹・生」説派
◇◇
a~cの年長者しかいないために
世の中の若者の人生がなくなろうとしている
◇
洗濯機の下のにおいどめ、みたいなもの…
「地域疲弊津波みたいなもの」をかぶってるのだからはやく復興作業をはじめる…
(蓋をしたままにせずに)はやく、「においどめ」の掃除をし始めなければならない!
こんなふうだから
デフレ脱却するわけがない