黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

軍艦島:建物の存続

2014-10-02 01:15:40 | 軍艦島(端島)
以前にシリーズでアップしていた<知られざる軍艦島>
軍艦島の中でもよく知られた場所や有名なエピソードの数々は、
既に拙『軍艦島オデッセイ』や書籍、DVDなどでお伝えしてきましたが、
そこではあまり触れてこなかったエピソード等をアップするシリーズ。




※画像はクリックすると拡大します。

画像は読売新聞の2014年9月22日の記事です。
日本建築学会が2012年~14年にわたって建物を調査した結果、
幾つかの建物が「大破」という診断を受けていたという内容です。

国内最古の鉄筋アパートである30号棟は、
既に5年前に崩壊していてもおかしくない「マイナス5年」という診断だそうです。
確かに30号棟は、いつ崩壊してもおかしくないとおう話をよく聞きますし、
また、実際に見ても、素人目にもそれは納得がいきます。

今回の発表で30号棟以外に「大破」と診断されたのは、
18号棟、61号棟、58号棟、そして65号棟です。

18号棟は30号棟から2年遅れた大正7年に建築が始まった建物。
当初16号棟と17号棟が構想で建設され、
18号棟はそれを追う形で立てられた棟ですが、
16号棟や17号棟をさしおいて、18号棟だけが大破と診断されたのは、
やはり屋上農園による影響でしょうか。

そして島内最大の建物である65号棟が、「一部」と注釈があるものの、
「大破」の診断を受けていたのも、とても意外な気がしました。

確かに新65号棟と呼ばれる部分は、
屋上のコンクリートフェンスが完全に崩落するなどしていますが、
とりあえず棟内を歩く限り、柱に大きなクラックが見られる所も少なく、
もっと深刻な建物は他にもある様な気がします。

「大破」とは5段階ある建築物の崩壊の度合いで、
「崩壊」の手前の状態を表すそうです。
柱は鉄筋が完全に剥き出しになるくらいに剥落し、
また壁面のクラックもかなり進行した状態のようです。



ここで志免炭鉱の竪坑櫓のことを思い出しました。
志免炭鉱の竪坑櫓は、その多くの部分で、コンクリートが剥落し、
内部の鉄筋だけが剥き出しになっている部分が多々あります。
その破壊進行度は、素人目からは「大破」にみえます。
しかし、その鉄筋は、
現代の鉄筋とは比べ物にならないくらい太く、密度も半端ないもので、
たとえ表面の総てのコンクリートが剥落しても、
竪坑櫓が崩壊することはない、と聞きました。

大破度マイナス5年と診断された30号棟は、
まだ国内に鉄筋のアパートが一棟も建っていない時代の建物。
その建設には、当時の炭鉱の坑道を造る技術者が多く関わったと言われています。

マイナス5年がマイナス6年、7年と重ねるごとに、
大正時代の技術者達の力が証明されて行くのだと思います。


◆シリーズ:あまり知られていない軍艦島◆
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