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「冬が来た」高村光太郎

2020-12-16 18:57:37 | 国語的随想

冬が来た 高村光太郎

きつぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹(いちょう)の木も箒(ほうき)になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木にそむかれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食ゑじきだ

しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のやうな冬が来た


けっこうな大雪となっています。
冬が来ると、雪が降るとまずはこの詩を思い出します。
「きっぱりと冬が来た」という出だしは、まさに雪国のためにある言葉だと思います。
雪で世界が白くなった日から、きっぱりと冬。
このけじめ感が好きですね。
横浜に住んでいた頃、確かに雪が降らない生活は、便利といえば便利でした・・・
でも、いつまでたっても「秋の延長」みたいな季節感覚があって、気持ち悪いな、と思うことがありました。

刃物・・という言葉ありますが、これは高村光太郎が彫刻家でもあったことと関係しているかもしれません。
高村光太郎の父は、高村光雲というこれまた高名は彫刻家。
「老猿」という気迫あふれる作品(木彫)があります、確か重要文化財だったような・・・東京国立博物館で見たことがあります。(はやく、東京へ美術鑑賞に行けるようにならないかな・・コロナ退散!!)

光太郎といえば、しかし、「智恵子抄」「檸檬哀歌」と来るのが一般的かも知れません。


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