蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

難しい  (bon)

2022-04-22 | 日々雑感、散策、旅行

 翻訳のことなんです。

 手元にある会報に、松岡和子さん(翻訳家、演劇評論家、東京医科歯科大名誉教授)
の記事がありました。『「明日(あす)も」から「明日(あした)へ」へ ~シェイク
スピア劇全訳完結に思う~』と題する内容に、翻訳の難しさを知らされたのでした。

 シェイクスピアの四大悲劇といわれる中の『マクベス』が、松岡さん訳による初演
が1996年9月で、それから25年も経った2021年に、この中の名セリフといわれる、
五幕五場の Tomorrow Speechの1行の翻訳について、あれこれと調べ、思いを馳せ
変更する決心をされたという内容なんです。
 これまで、19刷を数える『マクベス』(ちくま文庫)の2013年以降の増刷時には、
いつも「訂正・変更はありません」と返していたのが、何と昨年に至って1行の
変更をされたというのです。

                 森で出会う3人の魔女たち
         (ウイキペディアより)

 シェイクスピアの四大悲劇が、ハムレット、オセロー、リア王、マクベスである
ことは知っていますが、恥ずかしながらどれも読んでいないどころか、いわゆる文
学青年の端にもいない身で、このブログ記事を書こうか書くまいかしばらく迷いま
した。

 しかし、この難しさは、数学の難しさ、量子力学などの難しさのような理解しに
くいあるいは理解できないという難しさではなく、そのことを解釈することの難し
さというか、状況、背景、思いなどからどのような気持からの言葉であるか・・
そのような観点での難しさを述べておられたのです。

 前置きが長くなり過ぎましたが、問題となった5幕5場の1行は、『Tomorrow, and
tomorrow, and tomorrow,/Creeps in petty pace from day to day, To the last
syllable of recorded time.』で、その訳は『明日も、明日も、また明日も、/と
ぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め、歴史の記述の最後の一言にたどり着
く』で、劇中でも、『あすも、あすも、またあすも・・』とリズムもテンポも申し
分なかったのでした。

 ところが、松岡さんが、2000年に来日したロイヤル・シェイクスピア・カンパニー
の『マクベス』を観た時、上述のセリフを聴いて多大な衝撃を受けたと話されてい
るのです。 すなわち『To-morrow, a-nd to-morrow, a-nd to-morrow,・・』と、
toとa-を強く発音し後は弱く発音されていたというのです。これに衝撃を受けて調
べ始め、morrow は morningの古語であり、to morrow に分解すれば、to morning
「朝へ」となり、tomorrowには「明日」という意味と「朝へ」というイメージが重
なっていることに至り、単なるつなぎと考えていた and に意味と重みが加わった
と話されている。

         友人の亡霊に驚く
         (ウイキペディアより)

  このセリフは、5幕5場ですから戯曲の最後の方で、マクベスが不安と不眠に悩ま
されて、預言者の言う通り自分もかって主君を殺害してスコットランド国王となっ
た時に、次の国王は友人の子孫がなるとの預言を引きずり、苦悩の日々を送ってい
たところに気丈でやり手の夫人の死が重なって行き詰まっている不眠の夜中から、
やっとの思いで「明日の朝」に向けて一歩を踏み出そうとしている場面で語られ
る・・そんな重厚な場面なんですね。

        マクベス夫人
         (ウイキペディアより)

  したがって、リズムよく「明日(あす)も、明日(あす)も・・」と淡々と、その日
その日を送るというのではなく、マクベスを含む我々すべての人間が「明日(あした)
へ、また明日(あした)へ、また明日(あした)へ・・」と、すべての明日へ、土に還
る死への道へと辿ると万感を込めていると解釈されるべきと決断されているのです。

  新しいちくま文庫第20刷では、この下りは『明日へ、また明日へ、また明日へ、
とぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め、歴史の記述の最後のひと言にたどり
着く』と訂正されたそうです。

               

  本も読まず、その部分だけを抜き出して、その解釈がどうのこうのとここで論じ
ることすら憚れるわけですから、今日のブログ記事はかなり消化不良のままである
ことをお許し願わねばなりませんが、要は、翻訳家にとって、その原文がどの様な
思いで書かれているかの作者の深い心理をくみ取る努力と決断が、この会報記事か
らひしひしと伝わってきたのでした。

 最近では、AI(人工知能)による翻訳も、かなり優秀であるといわれていますが、
果たしてここまでの洞察には及ばないのではないかと・・。

  松岡さんは、この記事の締めくくりに次のように記されていました。
『翻訳は、とりわけシェイクスピアの翻訳は「選択」と「断念」の作業だと思い知
ったものだ。』と。

 

 

 

【マクベス①】シェイクスピアの傑作 〜お前は王になるだろう〜

 

 

 

 


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2 コメント

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Unknown (samgirly)
2022-04-22 10:40:56
1行の変更で、さらに深みが増して響いてきたように感じますね。
返信する
そうですよね。 (bon)
2022-04-22 13:54:54
それに、25年も過ぎているのにそのことに気づき、そこから
深掘りするなんてね。
やはりプロなんですね。
返信する

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