rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

赤褐色の荒涼たる大地・スペイン、ミロ「カタルーニャの風景」

2011-04-11 23:41:39 | アート
今日の夕方、またもや震度6弱の地震が起こり、それから断続的に揺れが収まらない夜が来た。
小さい人は、恐怖と不安で顔の表情が強張っている。
大きな地震の後、天候が急変して雷鳴と強風、そして雨が降り出し、大人たちも自然の猛威にただ慄くばかり。

それでも、余震の合間を縫って家人が作ってくれたミートソースパスタを美味しく食べようと、よつ葉のカマンベールチーズとスペイン産の白ワインを用意して、ちょっと気分的に落ち着かなかったが、食事を楽しんだ。
スペインで印象に残っているのは、赤褐色の大地に石が転がり、やせ細った草が潅木の間に点在している風景だ。
幼い頃にテレビで見た、昼の洋画劇場で流れていた「荒野の用心棒」などを撮影したロケ先さながらの風景がマドリッドからトレドに行く道すがらに広がっていた。
または、マドリッドからパリへ向かう国際列車の車窓に流れる、大きく赤い夕日の沈む風景もそうであった。

ミロの絵によく使われている色には、スペインの大地の色がある。
キャンバスの地塗りをしない麻の地に塗りこめられた赤褐色は、荒涼とした大地をマチエルでもリアルに感覚に訴えかける。
ミロは、厳しい自然をあるがままに受け入れ愛している、そのあり方が絵の随所に見て取れるだろう。
絵の中には、生命感溢れる軽やかな線が踊り、したたかに生きる命の強さが漲っているではないか。
そこには、自然に手を加え飼いならそうとする西洋人のスタンスよりは、自然に寄り添い共に生きようとする東洋人の精神が宿っているように思える。
おそらく、スペインの、人間の手には負えなく御しがたい自然の強さから自ずと諦めにも似た自然観がもたらした、東洋に通じる感覚があるのではなかろうか。

温帯気候にある日本は(近頃は亜熱帯?)、自然の恵みも多いが、自然の猛威に失うものもある。
人は、大地なくしては生きて行けない。
人の力で大いなる自然の営みを変えることはできないにしても、知恵を絞って自然と共に謙虚に生きていくことはできるかもしれないのだ。





パウル・クレー「サワギク」、なぜか不吉な予感を連想する。

2011-04-11 01:15:38 | アート


子供のとき、パウル・クレーの「サワギク」のタイトルとその絵を見て、タイトルの意味が分からなく、「もしかしたら、ざわざわした予感」のことか?などと想像したのを覚えている。
そう見えないこともないでしょう?
以来、この絵が頭の一角にこっそりと居座ってしまった。
何か、不吉な不安な予感が湧き起こると、自分の顔が「サワギク」の絵のようになっているんだろうと、今も頭に浮かんでくる。
「サワギク」とは、キク科の植物の名称と知ってからも。

クレーは、北アフリカを何度か訪れている。
クレーの画業に転機を及ぼしたチュニジア、晩年近くのエジプト旅行は作品に大きな刺激を与えた。
現在の北アフリカは、混迷の時代を迎えている。
チュニジアから始まり、エジプトのムバラク政権の崩壊、リビアの内戦とNATOの軍事介入、あっという間にイランまでの中東諸国に現支配権力者に対する市民の抗議行動が湧き上がった。
クレーの愛した北アフリカが内乱戦争によって傷つく姿を、クレーはどんな面持ちで見るのだろう。
「サワギク」のように、片眉をつり上げ訝しそうな目をして、でも、顔は真正面も向いている。
何かにざわざわどきどきと胸をざわつかせて、じっと動かずに身構えながら。

クレーの生きた時代も、きな臭い時代だった。
第一次世界大戦と、それに次ぐナチス政権の台頭。
最晩年には、ナチスによる退廃芸術の弾圧を避けて、スイスのベルンへ亡命し、彼の地で亡くなった。
もしかしたら、クレーもその不穏な空気を感じ、それが「サワギク」に表されたのではないかと、勝手な想像をするのであった。