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気品漂うシモーネ・マルティーニの「サンタ・キアラ」

2011-04-01 00:18:19 | アート

サンタ・キアラ(シモーネ・マルティーニ) 

サン・フランチェスコ(チマブーエ)

チマブーエ(1240~1302)とシモーネ・マルティーニ(1284~1344)は、イタリアのゴシック期を代表する画家である。
シモーネ・マルティーニの描く人の顔姿は、優美で気品に満ちている。
この「サンタ・キアラ」は、抑えた色調でサン・フランチェスコの清貧の教えに準ずるサンタ・キアラ(1194~1253)を大変良く表している。
半眼の視線の先には、厳しく険しい信仰への決意を読み取れる。
おそらく、描かれた当時は、バックは青く光輪の金と調和して、鮮やかな色彩だったろう。
彼女の姿には、毅然とした人間の尊厳が見事に具現化しているといえよう。

ニコス・カザンザキスの著書に「アッシジの貧者」がある。
「最後の誘惑」は、映画化もされ、イエス・キリストを悩める人として描いた著書もある。
アッシジの貧者とは、サン・フランチェスコ(1182~1226)とのことを指す。
カトリックのフランシスコ会の創始者である。
従順・清貧・貞潔を会則の三大理念にして、なかでも清貧を一の伴侶とするという逸話は有名。
「小鳥への説教」は、ジョットのフレスコ画にも描かれ、目にし耳にした方もあるのではないか。
この本の中で、フランチェスコは自分の中にある人間の持つ弱さを激しく戒める。
苛烈なくらいに。
自分の弱さととことん向き合っているから、人間が如何に脆く傲慢で誘惑に屈しやすいかを知っているから、他者に多くを求めない。
時には、他者にも厳しさを求めても、それをした自分の傲慢さを激しく後悔し、更に厳しい枷を自らに課す。
その姿があまりに峻険で、読んでいるものの心が苦痛に見舞われる。
チマブーエの「サン・フランチェスコ」には、人間の弱さに苦悶するフランチェスコの顔が、痛いほど表現されている。
サンタ・キアラは、そんなフランチェスコに習って、女性ができる精一杯の従順・清貧・貞潔の道を歩んでいく、多くの女性信者をまとめながら、苦難の道を。

本当の道を究めていくならば、はかりしれない苦難が待ち受けている。
あまりの大変さに目がくらんでしまうだろう。
しかし、人は弱いものだからといって、それを自覚して絶えず自らを律していかなくていいものか。
例え、その行為が小さいものでも、積み重ねていくことが大切だ。
小石を一つずつ積み重ねていくと、いつしか小屋が出来上がる。
小石を繫ぎとめていくのは、弱さを自覚する己の心と全てに向けられる愛だろう。

サンタ・キアラは、「もう一人のフランチェスコ」といわれるくらい厳しさを自分に課していた。
地上に存在するすべてのものに、慈しみの心を抱いていた。
マルティーニは、憎いくらいに、このキアラをシンプルに描ききった。
余計な説明がない分、ストレートに見るものに語りかけてくる。
画家にとっての天啓が、マルティーニに下ったと思わずにいられない素晴しい作品である。