【Fuku】
このところ、ちょっと濃いのが続いたので、ちょっと皆さん引いてしまったのでは、という懸念もありで、今回は良くご存知の一枚を持って来ました。
わが国でおそらくこの一枚というかこの人がいなかったら、ア・カペラという音楽ジャンルは根付くことはなかったであろうという、真の意味での"声の音楽職人"こと山下達郎氏が1980年の冬にリリースしたワンマン・ア・カペラ・アルバム「ON THE STREET CORNER」のアナログ盤です。今は'86年の"2"、2000年の"3"が出たので、これは「ON THE STREET CORNER 1」と表記していますが、当時はコレしかなかったですから"1"はつきませんでした。
1950年代中期から1960年代初期にかけてアメリカのヴォーカルスタイルとして定着していた「ドゥー・ワップ」を日本人に広く認知させたという意味でもこのアルバムは金字塔的意味があるのですが、取り上げた楽曲はスタンダードからR&B、当時の"ドゥーワップ"の名曲まで、全て自分一人の超多重録音でカヴァーするという試みは、そのアプローチを発想した人は他にいたかもしれないけど、それを全て実践して世に出したというのは世界的に見ても彼の偉大なる功績だと思います。
山下氏はソロになった初期の頃から、自分の趣味で採り溜めていたア・カペラを自分のステージでは披露していた(最近のコンサートでも必ず"ア・カペラ・コーナー"とか"オンスト・コーナー"と称して何曲かやってくれます)のですが、最初はあくまで趣味でやっていたものをチロッと披露していただけだったのが、「Ride On Time」がヒットしたおかげで、何曲も溜まったやつをレコードとして世に出すことで出来たそうです。だから、最初はもう採算度返しの殆どファンへの還元みたいな限定盤として発売されただけで、もう仲間内だけで即完売、私は予約して発売日に手に入れましたが、それからはもう聞きまくりで、擦り切れるほどに聞いたので、もう一枚手に入れたいと思った時にはなかなか無くて、ようやく下北沢の"イエローポップ"という中古盤屋で2枚目を手に入れました。これはその2枚目のほうですね。
このアルバムを最初に聞いて感じたのは、ブレス(息継ぎ)を含む、その生き生きした空気感と甘美さ、そして人間の声こそ究極の楽器であり、音楽(POPS)にはやはりコーラスによる高揚感がないと寂しいということです。このライナーにもある通り、ただの娯楽として街角で何人か同志が集って奏でられていたア・カペラこそが、日常レベルにおいてもコーラスとは音楽の基礎・原点であることを教えてくれます。また、本来は何人かによって作り上げるコーラスを、山下氏は仲間がいなかったからという理由で自分一人による多重録音で作り上げることによって、彼しか成し得ない独自の世界を切り開いたという点で、凄く評価できると思います。
吉田美奈子女史との掛け合いが非常に美しい「Close Your Eyes」から、バリー・マン-シンシア・ワイルの隠れた名曲「Remember Me Baby」を軽やかなコーラスに乗せて展開しているのをはじめ、ベン・E.キングが歌った「Spanish Harlem」、クローバーズのヒット曲「Blue Velvet」などなど、もう全てが名曲の数々で、何回聴いても飽きません。
私は、このアルバムが出るまでは、ドゥー・ワップは未知の世界だったのがすっかりのめりこみ、また、山下氏のラジオによって(80年代のNHK"サウンド・ストリート"など)スウィート・ソウルもR&Bもその深淵にのめりこませてもらいました。もう今も引き続きですが、影響されまくっています。
86年のリマスター盤、2000年1月『On The Street Corner 3』のリリースを機にデジタル・リマスターとともにボーナス・トラックとして名曲「Gee」と「Close Your Eyes」のオール達郎バージョンが収録された2000年盤とも、ジャケットが一新されたのですが、私は伊島薫氏のこの最初の画像が一番気に入っています。
日本のポップス史上に輝くマスターピースだと思います。
ON THE STREET CORNER Tats Yamashita
1980年12月5日 発売
RCA RAL-6501 AIR/RVC