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リッチー・ブラックモア

2007-04-14 23:24:52 | 音楽話
今日は、リッチー・ブラックモアの誕生日だ。
1945年生まれなので、今年で62歳になる。

毎年、この日の日記には、リッチーの事を書いている。

今年も、またRAINBOWとDEEP PURPLEを聴く。

私自身は、DPよりもRAINBOWの方が好きなのだが、一般的な認知度で言えば、DPの方が上だろう。

DPの楽曲で、もっとも知られているであろうナンバーが、この「SMOKE ON THE WATER」だろう。
ここでギターを弾いているのが、若かりし頃のリッチーだ。
’73年の映像なので、かれこれ34年前か・・・。

CMでもこの曲はおなじみだろう。
UCCの缶コーヒーのCMに使われていたのが、この「BLACK NIGHT」

DPは、当時のライブ盤を聴くと、その凄まじさがよく分かるのだが。

若さ故、またそれぞれ一流のプレイヤー故、エゴのぶつかり合いが激しく、
「お前、オレより前に出るなよ!」
「お前、もっと上手いんだから、ちゃんとやれや!!」
・・・その結果、当時のギネスブックに「世界で1番ライブの音が大きなバンド」として有名だったと思うのだ。(自信ないので、調べてみようっと)

そのエゴのぶつかり合いが、素晴らしいライブになっていたんだが。

再結成後、それぞれが年を取ったせいもあるだろう。
「認めてます」
アルバムを聴いても分かるが、互いの間に、きちんとテリトリーがあるのだ。
楽器と楽器の間に、空気が流れているというか、隙間がある。
再結成前は、ぶつかり合いの中、激しい火花を散らしていた・・という感じなのだが。

ぶつかり合いではなく、平行線で互いを認め合いながらのライブというのか・・・?

私の世代から行くと、リアルタイムでDPを聴いたとなれば、やはり再結成以降になる。
(再結成は’85年)
'91年、’93年、’96年、私はDPを見た。
でも、DPとしてのリッチーは、’91年のみしか見ておらず、’95年のRAINBOWで、リッチーを見た。

もう、DPでのリッチーは見ることは出来ないだろう。
RAINBOWならば・・・。

やっぱりハードロックをやっているリッチーを、私はもう一度観たい。


今日から磯谷式

2007-04-14 16:23:03 | 腰痛日記
昼13時過ぎ、整骨院に行った。
今週は、思いがけずに寝違えて、首と肩の治療がほとんどだったので、腰が痛くてたまらない。

先生から鍼を打ってもらう。
「調子はどう?」
「首はだいぶいいです。右肩がちょっと痛いかな?」
腰に重点的に鍼を打ち、肩と首にも打ってもらう。

鍼を抜くとき、先生が言う。
「磯谷式、してみる?」
「はい」
「じゃぁ、ここで待ってて」

しばらくして名前を呼ばれ、カーテンで仕切った部屋に入る。
床にマットが敷かれ、壁の方に座布団(?)と枕(?)が置かれている。
「そのままこの上で仰向けに寝ていてください」

・・・うわっ、なんとなく間抜けなかっこうだ。
カーテンで仕切ってあるからいいのだが、床の上でごろんと仰向けに寝て待っているのは、あまり人に見られたくない・・・。

「きつくないですか?」
「はい」
膝と太ももの間あたりを、紐で縛る。
足を捕まれて、先生がなにやら様子を見ているみたいだ。
まじまじと見るのもなんとなく・・・だし、目を閉じるのもなぁ・・・だし。
視線の持って行き場がない。

その後、足を縛られたまま、正座をしてみたり。
座布団に寄りかかった状態で数分、腰の下や頭に枕をしながら、数分・・・とか。
細かく時間を計りながら、少しずつ矯正をするという感じだろうか?

なんというか、どう表現していいかわからない。

ただ一つ言えるのは・・・。

あまり人には見られたくない格好にはなっている。

肌を露出した状態ではないが、足を縛られているので、何となく不安。

・・・このまま地震や火事になったらどうしよう・・・。
いや、まてよ、それなら、鍼を打っているときの方が凄いかっこうだな。
服を着ているとはいえ、背中だと絶対にブラジャー見えてるし・・・。
だったら、電器に当たっているときは?
ああ、そうか、あれもベルトで固定しているし。

固定されたまま、こんな事ばっかり考える。

別に逃げ出したいわけではないのだが、足が固定されていると、ろくなこと考えないな、私は。


先生の言うとおり、磯谷式は地味だが少しずつ効く・・・といった感じなのだろうか?
まだよく分からない・・・のが、今のところの感想だ。

その後、診察室に入り、首や背中を調整してもらう。

んー、今度からは、新しいスタッフが磯谷式をしてくれるのだが、それはそれでどうなんだろう?
まぁ、なるようにしかならないだろう。