ハラボジの履歴書

祖父が日本に渡って来なければならなかった物語を記憶に基づき
在日100年が過ぎようとしているいま書き留めておく。

能登興禅寺に東屋を

2009年01月31日 | Weblog
 能登半島地震で全壊した旧門前町興禅寺。
今年の5月には完成し秋には落慶法要の見通しだ。当初寺が全壊したときには
住職の市堀さんは再建は出来ないとも思ったが
僧侶の基本は托鉢とのことから広い能登半島を雨の日も風の日もひたすら
寺の再建のために托鉢に回った。
いついかこの姿が全国に知れ渡り、多くの寄進者が現れ、早い寺の再建となった
のであるが、住職は自分の寺の再建のみならず、被災者の様々な生活の再建への
相談など、被災者としてだけではなく、自らも被災者支援の活動を
行っている。
「遠いから歩く」と住職の言葉。
目標があればどのような道であってもいくことが出来る。
そして無一物から物事は始まり蘇生していけるとの思いからという。

この寺の庭に全国の人が集える東屋を作る計画を進めている。

再生の達人を観た

2009年01月23日 | Weblog
 大量消費、大量生産の時代は終焉した。
サブプライムローンの破綻から世界同時テロの時代から同時不況へと移行し、
今その人の暮らし向きを大きく変えなければならない
時代がおとずれたのだが。

四国は香川丸亀市でリフォーム工事と設備工事を行いながら、リサイクルショップを4店舗経営する、藤井耕二氏にこのたび出会い。
その彼が経営する店舗をこのたび見せてもらう機会を得た。

「全てのものは生きている」といったところが
このリサイクルショップを行うキーワードとなって、ピノキオという
店名で展開している。
ピノキオの物語はご存知のごとく、木の人形がゼベットじいさんの
思いがいつしかピノキオに新たな命を吹きかけて人の命がやどり
人へと再生する物語であるが
そういった思いからこのリサイクルショップを始めるきっかけと
なったらしい。

確かに、これまであるリサイクルショップではなく、店にはいれば
すべての品物があらたに磨きぬかれ、時代を経てもあらたに
この店にきて新しい命が吹き込まれたように並んでおり、
小物から、家具、電化製品、そしてあらゆる生活用品まで
全てのものが揃っていた。
善通寺店では、店の中に昭和をテーマにした部屋があり、
それこそ、古きよき時代の昭和、「三丁目の夕日」そのものを
演出されており、その時代の品物が多く展示されていた。

私設の昭和記念館なるスペースがあった。
思わず、私も幼い時代に体験した暮らしへの思いが甦る。

使い捨てになれてしまい、消費は美徳なる時代を経て、
いつしか、便利さの追求で豊かさを忘れたのが、
今日のような時代を現出しているのであれば、
本当の循環型社会、人の暮らしの再生というものを
こうした物の再生、再利用を通して見つめるという
事も出来そうだ。

藤井耕二氏の「全てのものは生きている」といった
言葉の意味が店を通して見えたような思いがした。

写真 リサイクルショップピノキオ 愛媛店