想い事 家族の記録

難病の父と生きる
鬱病
ふたり暮らし

まさかの話。

2013-06-25 17:32:41 | 日記

温泉郷行きのバス停まで、里の循環タクシーで移動したんだが、
予約時間10分遅れてきて、
バスに間に合わないと思った。
タクシーがバス停に着くと同時に、バスは発車。
私はタクシーを降りて、
「乗せてくださあああい‼」と叫びつつ追いかけ、
どうにか乗ることができた。
次のバスは二時間後で、会議に間に合わないから、ギリでセーフ。
これで、会議前に蕎麦屋で蕎麦を食べられる。
運転手さんが優しいおじさんで、
「間に合ってよかった、よかった」と云ってくれる。
そして、会議一時間前に温泉郷に到着した私は、
病院の近くの十割蕎麦を食すことができた。
古くて小さなお店だったけれど、
落ちつける静かな蕎麦屋だった。
天ぷらが500円だったので頼むと、
沢山の野菜が天ぷらになって現れた。
岩塩をつけて食べる。
不思議な葉っぱもあったけれど、
どれも美味しく、もちろん蕎麦も美味しかった。
満腹になって父の病室に行くと、
父が待ち構えていて、尿とりパットが足りないから売店で買ってきてくれと云われる。
パットを買ったら、父の財布は空になった。
いくら蕎麦を食したからといっても、
私もバス代でお財布の中身が果てしなく透明に近くなった。
食べた直後に動いたせいか、
会議が始まる頃にはすっかり気分が悪くなってしまった。

幸い、父の病気は小康状態を保っており、
右手の指の機能も残っていた。
家に戻ってからの介護の支援などを検討し、再確認し、
一時間半後に終了。
今日は12人も集まった。
一人の患者のために、みんな真剣に話をして下さる。
ありがたい。
会議が終わる頃妹が駆け付け、
全員が帰ったあと、
「話がある」と切り出した。
「引っ越し代がかかるから、来月から生活費を免除して欲しい」

今、なんて云った?

妹たちが出ていけば減るものもあるだろうから、
それを考えて節約してゆくつもりだった私には、寝耳に水。
家にいながらにして生活費をいれないで、
土、日は八王子に通うことになりそうだから介護もできない。
家事もできない。
何も手伝えないけど、ご飯は食べさせて?

「それは、どう考えても無理でしょう」としか云えなかった。
「だから、父ちゃんにも相談したい」
つまり、父に生活費を要求すると?
頭に血が上りそうになったが、
「やめろ。病人に頼める話じゃない」と話を打ち切って、
「もう帰る。退院明後日だから、体調崩さないでね」と妹を連れて病室を出た。



結局、全額負担とまで云わないから、半額にして欲しいと云われ、
家に帰って資金繰りをしたが、

…どう考えても、
半額にしたって無理。
「自分の食事は我慢できる? 私は食べなくても大丈夫だけど、
我慢できる? 」
っていうか、お酒飲むのやめたら?
タバコ控えたら?
そう、そういう我慢をした上での話だと思う。
身勝手すぎる。身勝手すぎるのだ。
だから、多少割り引いても、生活費は入れるように伝えた。



私は守れるの? あなたたちを。


コメント
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