Doll of Deserting

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氷上の蒼:第四話(ギンイヅ8000HIT記念連載)

2005-09-14 20:33:15 | 過去作品連載(捏造設定)
*この連載をお読みになる前に、必ずカテゴリーから「ギンイヅ~another world~」を選択し、注意書きをよくお読みになられてからご覧下さい。


第四話
 月日は緩慢な動作で流れていく。イヅルはもう長いこと、時間の流れというものを感じたことがなかった。否、実際は自分の周囲で確かに時は流れている。だが、イヅルにとっては昨日も今日ももしくは明日も、何ら変化することのないものだ。父と母が命を落としてから、前当主の居場所は小さな仏壇に狭苦しく収められることとなった。イヅルは一回忌、二回忌と過ぎていく度、目の前で線香を上げる人の群れがだんだんと減少していくのをただ眺めることしか出来なかった。
 その間にも、伯父はといえば尚更酷い方向に衰えていく。伯父が母であるシヅカに懸想していたことは周知の事実だった。弟に当たる父、景清の希に見る才気に、端正な容姿に、嫉妬していたということも。思えば景清がシヅカを妻にすると言って吉良家に招いたその時から、伯父の良からぬ想いは顔を覗かせていたのかもしれない。
 歳を重ねる度に、イヅルは益々シヅカと瓜二つの容貌になっていった。イヅルまでになるとかなり薄れてしまった異人の血も、それほどまで浅くはなかったらしく、イヅルの髪や瞳にしっかりとそれは映し出されている。だからなのかは分からないが、思った通りというべきか、伯父はイヅルに淫猥な眼差しを向けるようになった。
(家を出て行くことは出来る。しかし…。)
 イヅルはまだ霊術院にも入学していない子供だ。しかしだからこそ、万が一伯父に何か良からぬことをされようとした時には、おそらく逃げ切ることは無理だろう。最も、伯父がそこまで人間として落ちぶれていれば、の話だが。
 しかしイヅルが伯父に期待していた『僅かな良心』というものは、やはり相応の形で裏切られることとなるのだ。イヅルの唇が、僅かに震えた。



「イヅル、お前伽の経験はあるのか?」
 何でもない夜、突然に伯父の口から放たれた言葉を聞いた時、来た、と思った。遂にその時が来たのだと。興味本位のからかい程度ならば特に何も言わず無視をすれば済むが、この日の伯父は常軌を逸していた。ここ最近、伯父はただでさえ不安定だった。それもふまえて、そんなことを言い出したのかもしれない。
「…いいえ、女性とそんなことをする暇はありませんでしたし。ましてや、男性とも。」
 淡々としたイヅルの言葉に、伯父の目が微かに光る。瞳孔は既に開いていた。イヅルはその様が、普段の伯父の何倍も恐ろしいと感じた。ここまで狂ってしまっても、性欲は衰えないとは何とも浅ましいものだな、とも思ったが。
「そうか、ならば―…。」
「っ失礼致します…!」
 イヅルに伸ばされた伯父の手が、空を掻いた。それが届く前に、イヅルは既に駆け出していた。元々部屋に荷物は纏めてある。伯父の決定的な行動がなかったからこそ決心は揺らいでいたが、逃げる用意は整っていた。ましてや先刻のようなことがあっては、いつ間違いが起こらないとも限らない。
 伯父はおそらくもう狂ってしまっているために、早々追いかけては来られないだろう。イヅルは伯父の文机にそっと「お世話になりました」というような書置きを置くと、小さな荷物を持って踵を返した。伯父の足音がすぐそこまで迫って来ていたからだ。例え書置きがあろうとなかろうと、今の伯父に読めるかどうかは定かではないが。



 外は闇に包まれ、足元さえおぼろげだった。イヅルは息を整えるために、木々の生い茂る道のところで、足を止めた。前々から用意はしていたものの、勢いで飛び出して来てしまったことに変わりはなかった。これからのことなど少しも分からない。が、伯父の自室の引き出しの中には、微かな希望が存在したはずだった。もう今となっては、それも失くしてしまったが。
 イヅルは、少し前に霊術院の入学試験を受験していた。無論、伯父に黙って、だ。あそこは身分、年齢に関わらず誰でも試験を受けられるし、学のない者でも才能さえあれば通るような試験が実地されていたので、親を失くした子供などは大抵一度はそこに希望の光を見出す。ましてイヅルのような死神の子供ならば尚更だ。
 合格したことは、分かっていた。ある日郵便受けに入っていた文の中に、確かに合格通知が入っていたのだ。しかし伯父は、基本的にイヅル宛ての文は本人に預けようとはせず、イヅルが読みもしないうちに取り上げてしまう。その日も、そうだった。
 出て来る前に、もしかしたら探すことが出来るかもしれないと期待もしていたが、伯父の気配が迫って来るのが思いのほか早かったために、それも叶わぬ願いとなった。これでイヅルは、人生全てを棒に振ったことになる。そう思い、僅かに口唇の端を上げた。が―…



「何しとんの。こないな時間に、そない重そうなん持って。」
 痩身の男だった。流れるように繊細な印象をもつ銀髪に、日頃細められている血のように紅い瞳は、今は見開かれ、剥き出しにされている。イヅルは、それが誰なのかよく知っていた。数十年前、自分に今後の身の振り方を二者択一で迫った、あの男。当時と全く変化のない、若く美しい姿で、今、確かにここにいる。
「―…家を、出て来ました。」
「絶えられへんかったか、あの家に。」
 小さく頷くと、男は面白そうに口の端を上げて笑った。周囲の木立が、ざわざわと音を立てて揺れる。それは逃げろと言っているようでもあったし、受け入れろと言っているようでもあった。イヅルはふと思い出す。あの時この男が言った、『次会うた時、今度こそお前の全て奪ったる。』という言葉を。
 幼い時には理解することが出来なかったが、今ではその意味がまざまざと感じられる。よしんばこの男にその気がなくとも、男には色めいた印象を与える何かがあった。
「イヅル君、言うたな。」
「…なぜ僕の名をご存知なのですか?」
「言うたやろ、ボクは君のお父さんの知り合いやて。」
 確かに父と知り合いならば知っていてもおかしくはないが、イヅルはそのことがいまいち信用出来なかった。しかしそれが偽りならば、自分の名を知っているはずはない。不本意ではあったが、信じざるを得なかった。
「ボクだけ名前知っとるいうんも不公平やな。ボクな、市丸 ギン言うねん。」
「いちまる、さん…。」
「ギンでええよ。」
「いえ…。」
 イヅルが口ごもると、ギンは納得出来ないような顔をした。しかし、「まァ、イヅルやしなあ」と、会うのは二度目なのにも関わらずイヅルの全てを知っているような口振りで言った後、すぐに機嫌を直したらしい。なのでイヅルは、気にせず市丸さんと呼ぶことにした。
「あァそうや、渡すもんあんねや。」 
ギンは、おもむろに懐に手を差し入れた。そんな仕種すらもこちらを同様させるほどに色めいている。こんな人もいるのだな、とイヅルは目を丸くした。
「これ、欲しない?」
「っそれ!」
 ギンの手に握られていたのは、紛れもなく真央霊術院の合格通知だった。しかもそれには、入学要項も伴われている。あの日伯父の家に送られてきたものと、全く同じものだった。しかし伯父の家からは持ち出された形跡はなかったはずだ。
「どうして市丸さんが持ってるんですか!?」
「ちょお拝借させてもろうたわ。」
 せやから伯父さんのお家にはもうコレはないはずや、と明るく言うギンに、イヅルは驚愕を隠せなかった。父ほどではなくとも、あれでも伯父は腕の立つ人なのだ。それなのに、伯父の目を盗んで一瞬で窃盗が出来るとは、市丸 ギンとは一体何者なのだろうか、とそう思った。
「市丸さんが死神ということは分かります。でも、あなたは一体―…。」
「ええやん、そないなことは。」
 どれほどの位置にいる方なのですか、と続けたかったが、ギンがまるで正体を明かしたくはないとでも言うように言葉を遮ったので、イヅルはそれ以上何も言えなかった。
「なあ、イヅル君。その合格通知見てみい。君主席やて。」
 言葉だけでは信じられなかったが、封書の中に収められている紙を取り出し、書かれている文字には驚きを隠せなかった。確かにそこには「新入生代表」と書かれている。つまりそれは、イヅルが首席合格だということを如実に表していた。
「良かったなあ、君が早うこっち来るん、期待しとるで。」
「市丸さっ―…。」
 イヅルが文から目を離し、そちらを向いた時にはもう、彼は消えていた。イヅルはもう一度、数十年前の彼の言葉を頭の中で復唱する。
『次会うた時、今度こそ―…。』


 お前の全て、奪ったる。


「…忘れて、しまわれたのだろうか…。」
 目を伏せ、彼の人の消えた彼方へ目を向けると、手の中の封書をぎゅっと握り締めた。




 はーい、せんせぇー。何ていうか、このまま話を進めていくと否応なしにエロを書かなければいけない感がひしひしとしまーす。(汗)これも全て、私が伯父とイヅルの会話みたいなのとか市丸さんとイヅルの会話みたいなのとかを書くとやたら嫌な方向にやらしい感じがするせいです。(泣)

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